太陽と月
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陽佐とアブソルがラティルトを去ってから間もない頃、天色は眠たい目を擦りながら大きな欠伸を溢した。それを怜が横目で見ていると二人の後ろからドアの開く音がした。



「………怜、もう行っちゃったの?」

「漆姫(シッキ)、おはようございます。 えぇ、つい先ほど…」

「おはよう。 …これ、忘れてるよ」



漆姫と呼ばれた小柄の少女は寝癖のついた黒髪を揺らしながらそっと一つのケースを出した。縦に長い筒型のケースは特別どこにでもあるものだろう。だがそのケースを見た怜と、漆姫の言葉に反応してケースを見た天色の表情が固まった。




「…あっ…」

「やっばいね…すっかり忘れてた…あれ、怜荷物の中に入れなかったの?」

「…それは流石にぞんざいに扱えるものでは無かったので手渡そうと思っていたのですが…」



失念していたらしく、怜は額に手を当てて重いため息をついた。天色は目線を明後日の方向に向けて苦々しい笑みを浮かべている。漆姫の持っているケースはそれほど重要な物らしい。
自分はここを離れるわけにもいかないし、と怜が眉ねを寄せているとなにやら漆姫から熱い視線を感じる。それに少し嫌な予感を覚えつつ漆姫に目線を向けるとだ。



「私、届ける」

「…漆姫、でも貴女…知らない人ですよ?」

「いいの、それに外にも行きたい」



漆姫の発言により、彼女はあまり外に出ていないことがわかる。出ていても恐らく孤児院の敷地内ぐらいだろう。
その気持ちもきちんと汲み取っている怜だが少し難しい顔を見せた。ここで隣にいる天色を同伴させたら何かしら問題を起こしてくる確率が高い。ラティルト内ならともかく、外の物を壊してこられたら後が面倒になる。
だけど漆姫の頼みを無下にもしたくない怜はため息混じりに一人の名前を呼んだ。



「…わかりました。 …そこにいるのでしょう支智(サチ)、漆姫の同伴をお願いします」

「さっすが怜、はいはい頼まれましたー」



落ち着いた声を持つ怜とは真逆の快活な声が聞こえた。

支智と呼ばれた男はスタッと屋根の上からにも関わらず軽々しく怜たちの前に下り立った。眼鏡の奥には優しげな翡翠の瞳を携えて、柔和な笑みを浮かべている。橙の髪が朝の光を浴びて輝いていた。
そして反応したのは天色と漆姫。漆姫は真顔に近い表情が少しだけ明るくなり支智の近くに寄っていった。天色は先ほどまでの苦笑が嘘のように口元を吊り上げて支智の背中を叩いた。



「なんだよさっちー、相変わらず神出鬼没だなー!」

「支智、私と出掛けてくれるの?」

「いたっ、天色力つよっ。 いたた…ん、しっきーは俺と出掛けようなー」

「…支智、頼んでも?」

「ん、怜は留守番な?」



くしゃくしゃと怜の髪の毛を撫でると子ども扱いは止めてくださいと怜は文句を言ったが、仕方ないとばかりに好きにさせている辺り本気で嫌がっているわけでもない。その穏やかな、誰にも汚されないような空気は端から見れば恋人を通り越して夫婦のようだ。

支智はそんな怜を見て微笑ましくなっていると、隣にいる漆姫が支智の服を引っ張った。早く行こうと期待の目を向けている。



「しっきーは身支度してから行こうなー?」

「わかった、準備してくる」



支智の言葉に素直に頷いた漆姫はケースを支智に手渡した後、小走りでまた孤児院の中に入っていった。それを見送った支智は続いて天色の頭を撫でる。



「天色、お前眠いんだろ? もっかい寝てきたら?」

「んー…じゃあ寝てくるかな…」



時おりかくんと頭を落としている天色を見て支智が促すと、ふらふらと不安定な足取りで天色も中に戻っていった。
そして外に残った怜と支智は一瞬視線を合わせた後、何かを共有したのか少し表情が和らいだ。



「そういや…あのー…陽佐だっけ? えらく普通の子だったな」

「あの髪色を見ても、です?」

「あれ逆転させたのなんて見慣れてるしさぁ」

「…それもそうですね」



そんな他愛もない会話を暫くしているとカチャ、と静かな音を立てて扉が開いた。二人が音の出所に視線を向けると、先ほど身支度をしに行った漆姫が扉の影に隠れて怜と支智の方に視線を向けている。



「お、しっきー何で隠れるんだよ」

「…大事なお話かなって」

「そんなことはありませんよ。 ほら、お使いに行ってくれるのでしょう?」



怜の問いかけに頷いた漆姫は扉から出てきて支智の隣に立った。その差は頭一つ以上ある。翡翠の目を柔らかく細めた支智は漆姫に手を差し出す。それをきゅっと握った漆姫たちの様子はまるで親子兄妹のようなものだった。
嬉しそうに少しだけ顔を綻ばせた漆姫を見た支智は、怜に手を軽く振って歩き出した。大切そうにケースを抱えながら。



「じゃ、このタマゴ届けにいくかー」



入っているのは一つのタマゴ。それを陽佐に届けるのだ。ピクリとも動かないタマゴを一瞥した後、二人は太陽の光を浴びながら町へ向かって歩き出した。


そして、二人が見えなくなるまで見届けた怜は一息ついて戻ろうとしたが、一度振り返って小さく声をかけた。



「貴方が一体何を視ているのか、私にはわかりませんが…無茶はしないように」



その言葉を最後に中に入っていった怜。扉が閉まった音が消えてから、屋根の上から声が。



「…確かに太陽だった。 だけど…あの色は、何?」



まるで、暗雲を裂いて射し込む希望の光だ。と声の主は誰に言うでもなく呟いた。一身に太陽の光を浴びて、太陽を観察するように、見届けるように。





(これが、私たちの得た日常です)

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