太陽と月
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呆然と、終わってしまった戦いを、いや、戦いといっていいのかわからない。けれど、見ているしかなかった。
ゆっくりと振り向いた未来は、何を思っているのかわからない。
「大丈夫です、死んではいませんから」
「……?」
「そのようなことを、貴女の前で致しません」
あくまでも淡々と、けれどどこか暖かい声で。やっぱり、未来がなにを言っているのかわからなかった。後ろでは、割れたガラスがパラパラと落ちて、それを背景にする未来は綺麗だった。
「ここで、私の役目は終了致しました」
「未来……?」
『……おい』
そこで、長く黙っていたアブソルが未来に向かって話しかけた。びくりと肩を揺らしてアブソルを見ると、アブソルは今にも攻撃せんとばかりに足元から黒い波動を放出している。
……悪の波動だ。
「なんでしょうか」
『お前は、こいつの何を知っている?』
「……」
『いやにこいつを聖人みたいに扱うな』
答えなかったら、攻撃する。そう言わんばかりに、どんどんとアブソルの周りが黒くなっていく。撃つ準備は整っていた。
糸が張りつめる。ギリギリのところまで。口を、挟めなかった。
「……お前にはわからないでしょうね」
『……んだと?』
未来は今までの無感情さから、初めて感情を露にした。表情は一つも変えなかったけれど、明らかに声音が変わった。
低く吐き出された言葉に、アブソルから殺意が漏れ出す。ダンッとアブソルが足を踏み込むと、未来に向かって悪の波動が放たれた。
「っアブソル!」
「無駄なことは止めなさい」
未来が両手を前に出すと、恐らく光の壁だろうか、半透明の壁が出て、悪の波動を防いだ。その瞬間にアブソルが飛びかかろうとしたけど、動けず、何故か転んでしまった。足元を見ると、そこには草結び。
ぶわりとアブソルの毛が逆立ったのを見て、不味いと思い慌ててボールに戻した。
アブソルがボールに戻るのをみて、未来はまた雰囲気を戻した。視線がうちに戻る。
「……また、何れ会うことになるでしょう」
「その時は……敵になるの?」
今日は敵にはならないと未来は言った。じゃあ次に会う時は敵になってしまうのだろうか。
「それは、わかりません。……ですが、一つだけ、聞いてもよろしいでしょうか」
「なに?」
「貴女は、危険だとわかっていながらこの船内を回って敵を倒そうとした。捕らわれていたポケモンたちを助け出そうとしていたのですか?」
「うん、そうだよ」
「それは、何故?」
何かを見定めるような目。くっと細められた目は、鋭い。
何故、と言われても、明確な答えはなかった。確かに、うちがするようなことじゃないのかもれない。それでも。
「……ほっておけなかった。助けたいと思ったから」
真っ直ぐ、未来を見つめて答えた。未来はほんの少しだけ口角をあげて、何故か泣き出しそうな目をしていた。
「……わかりました」
それでは、失礼します。未来はその一言を最後に、目も開けていられないような光を放った。
「さようなら、……ーーーー」
最後に未来が呟いた言葉は、よく聞き取れなかった。
「まぶしっ……!」
『フラッシュか!?』
光が収まって目を開けると、未来はもういなくなっていた。目の前には割れたガラスが散っていて、異様な静けさだけが残っている。
「……未来」
『陽佐!』
状況についていけていないでいると、ポッチャマが足元でぴょんぴょん跳ねていた。どうしたの、としゃがみこむとうちの腕を引っ張ろうとしてくる。
『船長さんの笛の音が聞こえる!』
「笛?」
『うん、集合の合図! 早く!』
耳をすますと、確かにどこからか高い音が聞こえてくる。急かすポッチャマを抱き上げて、ピチューをボールに戻してその場を後にした。後ろ髪をひかれながら。
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