太陽と月
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誰もその気配に気づかなかった。まるで勝手にドアが開いてしまったみたいに。
気づいた瞬間、真っ先にアブソルが身構えた。完全に臨戦態勢となっている。
だけど、何か様子が違った。
入ってきたのは、一人の女の子。

「……誰……?」

思わず、呟く。敵意も何もない。ただ、そこにいるだけ、道ですれ違う人たちのようだ。
女の子の朱色の髪の毛が、無機質な照明に晒されている。どことなく浮世離れした雰囲気。殺風景なこの部屋に色が生まれたみたいだった。
そして静かにこちらに歩み寄ってくると、アブソルが唸り声を上げて威嚇する。

「……私は、敵ではありません」

三歩進んだところで足を止めると、女の子はそう呟いた。いや、女の子というにはあまりにも大人、いや、なんだろう。真水のような透明感。だけど、霧がかったような声。

「敵では、ない?」

「今は、貴女の味方です」

『……今は?』

ベッドに座ったポッチャマがぽつりと呟くと、その人は頷いた。アブソルは、未だに警戒心を崩していない。

『……何者だ、てめぇ』

「私は、貴女を助けるために来ました」

「……うち、を?」

アブソルの問いに答えているのか、答えていないのか。真っ直ぐに、うちだけを見つめている。

「私の詳細は話せません。しかし、貴女の敵ではないのです」

『……擬人化したポケモンが、何を言ってやがる』

「えっ……」

アブソルが低く、嘲るように放つ。しかし、その人は表情一つ変えなかった。
張り積めた空気が漂う。糸を切ったのは、ピチューだった。

『おい、今は味方ってことは敵になる可能性があるのか? 助けに来たってことは、警察か何かのポケモンなのか?』

「警察関係ではありません。そして、この船内、いえ、少なくとも今日は敵になることはあり得ません」

『何で言いきれる』

「私のマスターからのご命令です。その命に従い、私はここに現れました」

『種族は。そのトレーナーはなんでここにいない』

「どちらの問いにもお答えすることは出来かねます」

淡々と質問していくピチューに、まるで用意されていた台本を読み上げるように無感情に答えるその人。
ピチューは大きなため息をついた。やれやれと首を振って、こっちに振り返る。

『……俺にはよくわかんね。お前が決めろ』

「えぇ……え、えっと……」

『どうするつもりだ、素性も知らねぇやつだぞ』

投げてしまったピチューに、未だに警戒心を緩めることをしないアブソル。全てうちに任されてしまった。いや、トレーナーなら当然のことだ。
少しついていけていないけど、息を吐いて、その人を真っ直ぐに見る。

「……信用することはできないかもしれない」

「はい」

「だけど、助けてくれるのなら、その手を取りたい」

「……もちろん、私はそのためにここにいるのですから」

アブソルよりも前に出て、その人の前に立つ。背中にアブソルの鋭い視線が刺さるのがわかる。
近づいてみると、余計に不思議で、わからない。身長はうちより少し低いぐらいなのに、大きく感じる。自然と、心臓が早まった。
何よりも、薄い茶色の目が吸い込まれるみたいだった。

「陽佐だよ、よろしくね」

「はい。私のことは、未来とお呼びください」

「わかった、未来さんね」

「未来で結構です」

即座に訂正を求めてきたので、慌てて未来と呼び直すと、満足したのかぺこりと頭を下げた。
振り返ると、どう見ても睨んでるアブソルがいたけど、めちゃくちゃ舌打ちもされたけど、一応こっちに来てくれた。
ピチューとポッチャマもぽてぽてとこっちに来てくれる。

「では、参りましょう」

「うん」

自然と、不安はなかった。

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