太陽と月
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そして、やっぱり出口はもう塞がれているみたいで、見張りの男たちが何人か固まっていて。閉じ込められた状況に歯を食いしばった。
「あー……どうしよ」
『なんか、誰にも会わねぇよな』
そう、あれから他の誰にも会っていなくて。それが逆に不安を煽る。ぎゅっと服を握りしめて、大きく息を吐く。
さて、どうしようか。きっとこのままだと捕まる。嫌だ。そんなの。嫌。
ピチューが励ますように頭をぺちぺちと叩いて、いや撫でてきた。見ると強気なピチューの顔に少し頬が緩んで、ありがとうと声をかけてまた前をしっかりと見据える。
と、その時ピチューが急に肩から飛び降りて戦闘態勢をとった。
「見つけたぞ!」
「!」
前から、一人。もうポケモンを出した状態で。指示を出そうとした、けど悪寒が背中を走って身を屈めて後ろを振り返るとそこには麻袋を振り下ろそうとしている男が。
一瞬、身が竦む。頭が真っ白になって、ピチューの声も聞こえなくて、みんながゆっくりと動いているように見えた。
だけど、不思議なことに小さく、鋭く飛び込んできたその声だけは、聞こえた。
───陽佐!
「……っ!」
瞬間、体が勝手に動いていた。腰にかけてあったボールを床に叩きつけて、アブソルを出した。小さく体を丸めていたアブソルはそのまま床を蹴って男に突進。突然のことに対処できなかった男はそのまま勢いよく倒れこみ、強く頭を打ち付けたのか気絶したみたい。
「……アブ、ソル」
『……』
アブソルを呼ぶと、うちの方に一瞥だけくれてまた目をそらしてしまった。そしてピチューの隣に並ぶと、威嚇するように低くうなり声を上げた。
「なっ、んだあれ、」
震える声の、まだ若いだろう男はアブソルを見て目を見開いていた。羽を羽ばたかせる相手のズバットは鳴き声を上げて威嚇していたけど。そんなアブソルはぐっと体に力を込めているように見えた。
「っズバット、エアーカッター!」
「ピチュー、でんじは!アブソルは悪のはどう!」
落ち着いて、大丈夫。大きく床を蹴ったピチューは一気にズバットに近づいてバチバチと溜めた電気を放出しようと、体を丸める。でもその瞬間、ズバットのエアーカッターがピチューめがけて放たれた。それとほぼ同時にピチューはでんじはを、アブソルは悪のはどうを繰り出した。
息が詰まりそうな、刹那的なやり取りに瞬きをすることも忘れていた。
空気を裂くような鋭い音と、電気の爆ぜる音、命中した鈍い音。小さく聞こえたうめき声。
そして煙が生まれて、辺りを覆った。
「っズバット!」
ぼとりと何かが落ちる音が聞こえて男の焦った声が聞こえる。なん、だろう。よく見えない。
四散する煙を手で払いながら一歩、二歩進む。うっすらと見えたのは、アブソルと、倒れている、ピチュー。
「ピチュー!?」
『……っ……あー、わり、』
「!戻って!」
慌てて近寄ってしゃがむと、急所に当たったのか、切り傷だらけのピチューが倒れていた。力なく笑ったピチューをボールに戻すと、ボールがかたりと揺れた。
そして、前を向くと男もズバットをボールに戻していて。ぎっとこっちを睨んでいる。どこかにまた連絡しようとしているのか、何か機械を出して。
『……おい?』
「させない、」
スッと、冷える。男に近づいて、通信機器を叩き落とす。驚いた男なんて気にせずにそれを踏みつぶした。ばきりと、砕ける音が耳を通り抜ける。そして、呆気にとられている男と目が合った。シン、と静まり返る、時間が止まる。仲間を呼ばれたらたまったもんじゃないと、笑って、男のみぞおちめがけて突きを入れた。拳いっぱいに体の感触が伝わって、どうしようもなく気持ち悪くて、そのまま押し込んだ。
「……行こっか」
『……おう』
アブソルは何も聞いてこなくて、少し安心した。うん、まだ大丈夫だよ、と逸る心臓を抑えた。
一歩、進むとアブソルがこっちを見上げてきたけど、また目線を前に向けてしまう。
「そういえば、アブソル……うちのこと呼んだ?」
さっき、うちの名前を呼んだのは多分、アブソルの声だったように思う。名前なんて呼ばれたことないからわかんないけど。
するとアブソルは一瞬足を止めるとまるで人形のように固まってしまった。
『……呼んでねぇ』
「ふーん、そっかぁ」
じゃあ、誰だったんだろうな。アブソルはまた歩き出していて、その後ろ姿からは何もわからない。本当、かなぁ。でも気にしててもしょうがないからもう聞かないことにした。
「あ、そうだ。出てきてくれて、……助けてくれてありがとう」
きっとアブソルがいなきゃ捕まってたから。ピチューには無理をさせちゃったなぁ。アブソルが出てきてくれて、嬉しかった。この前も、今も。
そう伝えると、アブソルは少し首を下げた後、こっちをちらっと見た。
『……お前が捕まったら、俺も一緒に捕まることになるだろ』
だから、助けたわけじゃねぇ。とアブソルはまたさっさと歩いて行く。びっくりしてるうちをよそに。
ぶっきらぼうな言い方だったけど、それでもどこか柔らかい言い方で、むくむくと嬉しさが込み上げてきた。
「……アブソル!ありがとう!」
『うるさい、置いていくぞ』
またいつもの声音に戻っていたアブソルだったけど、何だか嬉しさは保ったままだった。
うん、大丈夫、大丈夫だよ。落ち着いてる。
ざわざわしていた体も今は治まって、きちんと前を向いていられる。アブソルの背中が今は大きく見えた。
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