太陽と月
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心臓の音が、うるさい。それを落ち着かせようと目を閉じて深く息を吐く。ゆっくり、目を開けると全ての音が、消える。
「……てもちは、渡さない」
そして、相手の答えはいらない。スッと目の前の男に近づき、その腕を持って、投げ飛ばす。静かに、一瞬に。何が起こったかわからないといった顔をしている周りを気にせず、うつ伏せになった男の背中を踏んでそのまま腕を捻りあげる。そこでようやく我に返った周りはざわつき始めた。
「なっ……!」
「引いて、くれるよね」
ぎり、と腕を捻りあげると男から苦悶の声が上がる。残りの四人を見上げると僅かにたじろぐも、引く気は一切ないとばかりにボールを取り出してズバットやドガースを出した。さて、どうしようかと考えていると、いつの間にか同じように男の背中に乗っているピチューが臨戦態勢をとっていて、任せろと小さな背中を見せていた。
「ピチュー、」
『……俺は、こんな数相手にできるほどつよかねぇぞ』
「……」
つまり、それは。その言葉と同時にガタガタと激しく揺れる一つのボール。ちらりと見るのは、相手が待っちゃくれなかった。指示と共に襲い掛かってくるズバットたち。しかも、ピチューじゃなくてうちの方に向かってきているような。
「っピチュー!10万ボルト!」
やばい、と思う前に口は動いていた。指示通りピチューは動いてくれて、男の背中を踏み台にしたピチューは向かってくるズバットに向けて10万ボルトを放つ。でもそれは直前で避けられ、かするだけで終わった。それでもズバットには効果抜群で、ズバットはふらついている。これが、一対一だったらよかったのに。ピチューが得意なのは、ダブルバトルとかであって、シングル、ましてやこんな対複数は。このままじゃあ。
いや、もう考えるのは止めよう。終わったあとに考えたらいいさ。
多分この思考は一瞬。ボールを取り出してアブソルを、出した。
きらめく銀色が、夕焼けの色を飲み込んで溶けるように淡く光る。その光にうっかり見とれそうになって。きっと今こんな状況じゃなかったらずっと見ていたかった。でも今は見とれていられないから、溢れる感情を抑えて。
そして、そそがれる注目も、動揺も全部跳ね除けるように細く吠えたアブソルは相手を見据えているのだろう。
今度は、大丈夫かな。
「アブソル、かまいたち! ピチューは電光石火でかく乱して!」
ちらっとこっちを見たアブソルは、一応従ってくれるのか、また前を向いて風を自分の周りに集めだした。風が、アブソルの周りに立ち込める。
そしてピチューはそのアブソルを庇うように動いてくれていた。段々目で追えなくなるんじゃないかってぐらい、早く。
「ドガース!煙幕だ!」
「ピチュー、一回距離とって!」
ドガースは穴から黒い煙を大量に吐き出して、辺りを覆い始めた。ピチューは距離をとるも、そこからは煙幕にのまれてしまってうちの方からは見えなくなってしまった。やばいな、戦況がわからない。そして、向こうから、かみつくの指示が聞こえた。
「ピチュー!」
『アッ……ぐっ!』
うめき声がこっちにまで聞こえてきて、冷や汗が流れる。どうし、よう。
ざわりと、焦りが生まれる。指示が、打開策が出てこない。体に力が入る。
いや、まだ終わっていない。アブソルは、とすがる思いでアブソルに視線をやると、すっかり準備は終わったみたいで待ちくたびれたと言いたげにこっちを向いている。いや、いやいやその様子だと結構前に出来上がってたよね。後で文句言ってやる。
「……アブソル、かまいたち!」
『……避けろよ』
ボソッと何かを呟いたアブソルは、角を振りかぶって渦巻く風の刃を放った。その刃はうなりを上げて煙幕を切り裂いていく。そして、まるで意志があるようにドガース
とズバットを切り裂いて。ピチューは、ぎりぎりで避けたもののうっすらと切ったのか少し血が流れているのが見える。
そして、全部倒したと思っていたものの、ふらついているドガースがまだ残っていた。
「ピチュー、アイアンテール!」
ふらついているドガースに追い打ちの一撃。銀色に光ったピチューの尻尾が夕陽を反射して、眩しい。そして今度こそドガースも倒れ、ようやく全部倒した。そして四人はポケモンをボールに戻すと、動揺した様子でこちらを睨みつける。
「や、やっぱりあのアブソルは……」
「あぁ、間違いない。報告だ!」
動揺した様子の四人はばたばたと足早に逃げて行った。まだ残っている一人を置き去りにして。シン、と静まり返る。目線を下に向けると男は呆然としていた。
「……さて、教えてくれないかな?」
「ひっ……」
「今ね、そっちに捕まったはずのブラッキーを探しているんだ。……知らない?」
にこりと笑むと、男は大きく肩を跳ねさせて唇を震わせたあと、知らないと小声で呟いた。知らない、か。でも本当は知ってるかもしれないし、どうしよう。
「そ、そんな実験体のことなんて、研究員とかしか、」
「……」
そういや、ゲームでもいかにも研究してますって感じだと白衣着てたな。そうか、ってことはこの人はいわゆる下っ端的な感じで、戦闘員ってやつか。なら、これ以上聞いても無駄足かな。
だけどアブソルは納得しそうにないし、これ以上どうしたらいいかわからなかったのでとりあえず、だ。
「ピチュー」
『ん?』
「でんじは」
『え?』
「え?」
うちの指示が出ると、男とピチューの声が重なった。男は冷や汗を流している。いやだって、ねぇ。
「もう警察に突き出そうかなって。だからお願いします」
『あ、おう』
少し戸惑っていたピチューだったけど、何回か男とうちを交互に見た後、うちが退いた瞬間にそっとでんじはを流していた。バチバチと痛そうな音が終わると男はばたっと気絶した、のかな。
「……ピチュー、強くしすぎじゃない?」
『ちょっと間違えた』
「……。とりあえず、ジュンサーさんのとこ連れていこうかな」
さらっと言ったピチューには何もつっこまないでおこう。さすがに気絶した人を抱きかかえるのは無理だから足を持って引きずっていく。この前初めて知ったけど、町には必ず一つ交番がある。そこまで頑張るか。ちょっとはげるぐらい我慢してくれ。
あ、ちょっと待て。
「アブソル、ごめん入って……」
静かにしてるからすっかりアブソルをボールに入れたと勘違いしてた。ボールを出してアブソルに向けると、アブソルは。
「……アブソル」
『っ……!』
やりきれない顔をして、堪えるように体を震わせていた。その様子を見ていると、こっちまでやるせなくなってきて、ごめんと心の中で謝ってアブソルをボールに戻した。アブソルは、あっさりとボールに収まった。
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