太陽と月
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「由乃は、R団って組織に所属してるんだよ」
『R団……?』
さて、ここからどう説明するかな。ピチューはきっと知っているだろうからいいんだけど。
何となく説明が上手くできそうにない気がしたので、とりあえず部屋にあったメモ帳とペンを持ってきた。そこにRの文字を書いてぐるりと円で囲む。
「ほら、こんなマーク引っ付けててさー」
『……ッ!!』
「え、」
瞬間、ぶわりとアブソルから突き刺すような敵意と、なんだこれ、殺気? 目の前が真っ白になりかけて、息が詰まる。動け、ない。全身がすくんで、金縛りにあったみたいで。
アブソルが、とても大きく見える。うちよりも、ずぅっと小さい体型だったはず、なのに。大きくて、食べられそう、で。
『……殺す』
それは小さく、小さく呟かれた言葉なのに、酷く重たかった。
どこか頼りない足取りでアブソルが出ていこうとするのを、止めることができなくて。待って、と声を出そうとしてもからからの喉からは息しか漏れない。どうしよう、どうしよう。
すると視界の端から黄色い影が、ピチューが出てきてアブソルの前に、立ちはだかった。でも、ピチューも震えてる。なのに、動けるんだ。
『っおい、アブソル、……待て!』
『うるっせぇ! 俺の、俺の邪魔してんじゃねぇよ!』
アブソルの顔は見えないけれど、その声だけで今どんな表情なのか、想像してしまう。
叫んだアブソルはピチューを凪ぎ払うように角で攻撃を仕掛ける。でもピチューもそれを避けて、即座に電気を被せた。咄嗟に避けようとしたアブソルだったけど、スピードはピチューの方が早かったのか避けきれなくてバチバチと痺れの音が聞こえる。ぐらり、アブソルの足がぐらつく。
そこでハッとしてボールを取り出そうとしたけど、アブソルはまだ倒れていなかった。
『……じゃま、なんだよ!』
ふらつく足取りのくせに、何がアブソルを突き動かすのか。ダンッと力強く踏ん張ってピチューを怒鳴り付けたアブソル、そして僅かに視界に入ったのは、口を大きく開けて、噛みつこうとしてる光景。やけに、ゆっくりと、コマ送りで見えた。
そして、連想されたのはピチューが血まみれになる、ところ。ダメ、ダメダメ、そんなのやだ、よ。
気づけば、体が動いていた。アブソルの体を抱き締めて、ピチューからなるべく離そうと。
『っ、陽佐!』
「だめ、アブソル、だめだよ」
『、んだよ……どいつもこいつも……! 俺は、俺は!兄さんを、』
兄さん、とその単語がアブソルの口から溢れた次の瞬間には、うちの体は力いっぱい振り払われていた。幸いにも壁を後ろにしていなかったから、背中を打つことはなく、尻餅だけですんだ。
冷や汗が一気に背中にじわりときた。やばい、攻撃される、と思ったけど何もこない。それどころか、物音もしない。いや、よく考えたらそもそもあんな荒れていたアブソルに振り払われて尻餅だけですむはずがない、のに。
静まり返ったことに違和感を覚えて、何か、起こる気がして、勢いよく顔をあげる、と。
『……俺の、せいで』
ぽつりと呟いた弱々しい言葉、声が部屋に流れる。そして、誰も寄せ付けないような鋭い真っ赤な目には、じわりと涙が滲んでいた。いつもの血を流し込んだような尖った目も、今は見る影もなく。例えるならそれは、小さな子どものようで。
気づけば、もう一度アブソルを抱き締めていた。
「……大丈夫、大丈夫……泣かないで」
自分でも、びっくりするぐらい優しい声が出て、でもそれは頭の片隅に追いやって。思っていたよりも柔らかい毛並みを撫でると、アブソルはぴくりと動いて、ゆっくりと擦り寄ってきた。
そのままどれぐらいの時間が経っただろう、数秒、数分。どちらからともなく、その体は離れた。
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