太陽と月
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そしてヘルガーの案内の元、ようやくお月見山から出られた頃には中から見えてわかっていたけど、すっかり夕方になっていた。土のにおいから風のにおいに変わって視界も晴れやかだ。紅茶色の夕焼けがとろりとにじんでいて今にも滴が落ちてきそうだなんて思った。
「……で、出れた」
「おっつかれー」
「……おぉおピチューの黄色が目に痛い……」
『目潰しするぞ』
視線を落とすとピチューの黄色が目に痛かった。短い手をぶんぶん振ってくるピチューの目は据わっていたのでそっと目を反らす。
そして、ちゃんと陽の元で見る由乃はその夕陽に照らされて、光と同化していきそうな赤みを帯びた茶髪と同じ色をした目。夕焼け色を浸したようなそれに触れてみたくなって、自然と手を伸ばしていた。
「……って、なにしてん」
「……あ、」
「ふぅーん熱烈ーそんなに優しい優しい俺に惚れたぁー?」
「は!?ちーがーいーまーすー!しかも優しくない!」
『……あんまりからかったんなやー』
ぺちーんと叩き落とされた手を擦りながら由乃から目を反らして、ヘルガーにありがとうと屈んで撫でると、目を細めて擦りよってくれた。アブソルとピチューにもこれぐらいの優しさがほしい。
『さて、……じょーちゃんそろそろ行きないよ。 もう数日は危なくなるからのぉ、ここは』
「あ、……うん、ありがと。 そうするね」
「おーもう行くんかい? ま、どうせまた会えるやろしなぁ」
「やーもう会いたくはないかなー」
由乃は肩を竦めてわざとらしく残念、というと早く行けと手を振った。悪人らしくない悪人だな、と思ったけれどそれは声に出さずに手を振り返した。
「……えーっと、でも案内してくれたのは助かった……かな? ありがと!」
「おー……こっちは素直」
「ん?」
「や、なんでも?」
人当たりのよさそうな笑みを浮かべた由乃に、それ以上追及する必要性もないし、と割りきり由乃に背を向けた。腕の中にいるピチューが途端にもがきまくって肩に乗る。この歳で肩こりに悩むのは嫌だな。
そして数歩進んだところで一回振り返った。理由は特にないけれど。挨拶してなかったな、ぐらいの軽い気持ちだ。
「由乃ばいばーい!」
「……おー、ほんならな」
大きく手を振るときょとんとした顔の由乃が案外素直に手を振ってくれてなんだか面白かった。よしこれで満足だとうちは勢いよく地面を蹴って夕乃が見えなくなるところまで走ってやろうとハナダシティ向けて駆け出した。なんだっけ、あの夕日に向かってダッシュだ! 紅茶飲みたい!
「あっそういやヘルガーの名前聞いてない!」
走ってる途中、紅茶飲みたいが吹っ飛んで聞き忘れたことを思い出す。でも今から戻ろうにも危なくなるって言ってたし戻れないや。
気になる、と悶々していると肩にいるピチューが少し身を乗り出してきた。
『……お前さぁ、あんまり仲良くするなよ』
「え、……うん、大丈夫」
『人当たりよくても、でかい組織の一員なことに変わりはないんだからな』
「……うん、うん……わかってるよ」
いつもより低い声の忠告にヘルガーの名前の件も飛び、現実を突きつけられる。あぁそうだったな、由乃の気さくさに警戒心なんてとっくに抜け落ちていた。
『……別に怒ってるわけじゃないぞ』
「へ?」
『いやお前、ちょっと沈んだ顔したから』
「やー大丈夫大丈夫! そんな心配しないでって!」
ちらりと横を見ると唇を尖らすピチューが見えた。歩いてたら撫でられたんだけどなと少し残念。何だかんだ気を使ってくれるピチューの心遣いが嬉しい。
「あ、そうだアブソルと全然話してない!」
『あーまぁ出してないしな』
「あっち着けたら話そーか!」
『……俺の方がコミュニケーションとってるってどういうことだよ……』
確かに。ごめんよピチュー胃痛を起こしそうな声だったね今。
勢いよく草むらに足を踏み入れ自然の音楽隊を楽しみながら、目の前には一瞬の美術品。目を細めて見えた先にある町の欠片に胸が高鳴った。
夕焼けが染み渡る
(ふと夕焼けに由乃を思い出した)
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