太陽と月
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ようやく腕を離してくれたと思ったら男は次ににまりと笑ってなんでここにいるのか、という質問をしてきた。なんでって言われても。
「次の町、行こうと思ったんだけど……」
「えー?危ないでここ俺らの仲間その内来るし」
「……は?」
「なんか探し物があるらしくてなぁ、まぁ俺の役割は人払いと野生のポケモン追っ払えーみたいな感じ?」
「……はぁ」
『……こいつか……』
それでか。ピチューも納得のいくと同時によりピチューの警戒も強まった。もちろん、同じくだ。だって、その言い方だとたった一人でそれらをやってのけたことになるんだから。
そしてまるで自分の役割以外どうでもいいと思っているような物言いと、そのあっけなさに毒気を抜かれるなと息を吐いて体に力をいれた。
「そんなこと、教えてよかったの?」
ピチューも尻尾を立てて電気袋からぱちぱちと電気を発して威嚇体勢。にも関わらず男は緩い態度を崩さない。それどころか腕を引っ張ってきて、一気に距離を詰めてきて、そして。
「……そりゃあ、まだお前の相手する気はないから」
「……え、」
「もっと、もっともっと強くなってから、挑んできぃや?」
間近で、もう少しで息がかかるんじゃないかって距離で歪んだ笑みを見せた男に、思わず肩が跳ねて、生唾を飲み込んだ。そして反射的に、力加減なく思いっきり男を突き飛ばした。気持ち悪いでいっぱいだこんなの、こんなの。
「き、きもち、わるい!」
『……うわぁ』
「はっはーすまんねぇ」
「さ、さむっ!鳥肌!たった!」
「ひっどい言われよう。まぁしゃーねーわな、あーほら寒いなら暖かいの出したるわ」
あっけらかんと、悪気を感じた素振りもなく笑う男は一つのボールを取り出してそのまま中に入っているポケモンを解放した。自然と、そっちに目が向かう。
軽い音と共に出てきたそのポケモンは、真っ黒な肢体に二本の角が生えている。暗くて黒が滲んで同化しているから、しゃがむことにした。
「……おっ、おぉおー……?」
『……ったく、あんなんされたらそら誰でも嫌がるわのぉ』
「……えーっと、えーと、……ヘルガー?」
「せいかーい!」
主人とそっくりな話し方だ。やれやれと首を振ったヘルガーは呆れたようにため息をついた。
こいつも乗り心地よさそうだなと小さくピチューが呟いたのは聞こえなかったフリをしておこう。アブソルにも聞こえていないはずさきっと。
ヘルガーはよろしくと頭を軽く下げると振り返って男に向かってジェスチャーを始めた。
『はよこの子外まで案内したりぃ』
「……ん?……あ、外まで?」
『そう!』
ガゥ!と一度吠えたヘルガーと、のんきに忘れてたわーと言っている男にどっちが主人かわからないなと思ってしまった。そういえば暖かいのを出すと言ってヘルガーを出したわりには触れないので傍にいたピチューを抱っこしてみた。ちょっと暖かい。鳥肌も収まってきたし落ち着いてきた。あ、こらこらもがかない。
「……あ、そういえば」
「なん?」
「名前、なに」
「……」
何となく、名前も知らない人とこうして話しているのは落ち着かない。そんな友好的になるつもりもないけれど、でもこの男とは縁が続きそうだなぁなんて思ったから。
しかし固まってしまったのは何故だ。うん?と首を傾げるとヘルガーの突然ふるふると体を揺らして笑い出した。
『ぷっ、ぷぷぷっ!どーしたんねはよ教えたれや!』
「うっさいお前の名前も大して変わらんわ……!」
そんな不味い質問をしただろうかと立ち上がってピチューを撫でる。ヘルガーの名前も大して変わらないということは愛称があるのか。じっと男を見ていると何処と無くうってかわって気まずそうに目線を泳がせ出した。
「……笑わん?」
「え、うん」
「……嘘やー!絶対こいつみたいに笑ってくるわー!」
「はぁ!?や、笑わないから!ほら!」
そのワケのわからなさに一歩詰め寄ると笑顔どころじゃなくなっているのか嫌いなものを食べたくない子どもみたいな顔をして渋っている。ちらっとヘルガーに目を向けると明らかに楽しんでいる顔をしていた。
「…………ほんとに?」
「ほんとに」
「ほんとのほんとのほんとーに?」
「はよ言え」
あっ口調移った。男ならはっきり言え!女々しいぞ!と脳内ボイスが再生されたぞ今。
そしてとうとう男は観念したのかぼそぼそっと小声で名前を呟いた。
「……ゆーの」
「……ゆーの?」
「……由乃」
「……か、可愛い名前だね?」
『ぶはっはははは!』
由乃、由乃ですか。あぁなるほどこれで言いたくなかったのか。可愛いな。いや本人はきっと可愛いと言われたくなくて渋ったところもあるんだろうけど。あれか、女の子みたいな名前で嫌だ!みたいな感じかな。
うちの腕の中にいるピチューが似合わねーと呟いて少し笑っていたことは気づかれていないことを願おう。
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