太陽と月
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だから俺たちはポケモンの言葉がわかるんだよという言葉には納得したけれど。ならどうして自分はわかるんだろう。もちろんポケモンになったことなんてないし。髪の毛のことも、なにかあるのかな。
「…さて、そこで問題」
「…?」
「俺たちが擬人化してもポケモンの言葉がわかるように、ポケモンが人間の言葉を理解するように、…人間にもポケモンの言葉を理解するやつがいる」
その言葉に、支智さんの見透かすような目に、心臓が跳ね上がった。知られてる? いやそんな素振り一度も。
こっちの心境を知ってか知らずか、支智さんは穏やかに、静かすぎるぐらいに微笑む。少し、寂しそうに見えた。
「…ポケモンの言葉を理解する人間、知ってるからさ」
「え……?」
「…さて、話はこれぐらいだな」
打ち切るように終わらされた話。まだ聞きたいことあったのに、と口を開こうとしたけどにこりと笑む支智さんに何も言えなくなった。
先に腰を上げた支智さんはうちに手を差し伸べる。キラキラと逆光が支智さんを照らして、橙の髪の毛が薄く溶けて見えた。
自然とその手を取り、引き上げられる。優しく力加減している支智さんが紳士みたい。いや紳士か。
「…さて、帰るかしっきー」
「む、……うん」
「…アブソルは連れて帰らないぞ?」
漆姫はアブソルをぎゅっと抱き締めていた。もふもふと毛並みを触っていて、アブソルも不機嫌ながらも一応噛みつきもせずにじっとしている。物凄く地面に爪食い込ませて堪えてるけど。
アブソル本当にポケモンには危害加えないな。その調子でうちにも警戒といてくれないかな。
「アブソルーおいでー」
『は?』
「あ、ごめん」
漆姫になにもしないならいけるかなと思ったけど無理だった。低い声で睨まれるだけだった。辛い、辛いぞ。
漆姫は名残惜しそうにアブソルから離れて支智さんの隣に立つ。うちと同じように支智さんに手伸ばしてもらってたけど、ぺーんと払い除けて自分で立った。子ども扱いしないで、だそうだ。反抗期か。支智さん寂しそうだぞ。
「…そういえば、漆姫はなんのポケモン?」
「………まだ、秘密」
「俺だけで我慢、な?」
支智さんがくしゃりとうちの頭を撫でる。それは小さな子をあやすような手つきだ。そんな歳でもないのに、ちょっと恥ずかしいな。
「じゃあ、また」
「ばいばい、大事にしてあげてね」
「うん!」
大きな手が頭から離れる。そして漆姫に手を振りかえすと、小さく笑ってくれた。じゃあ俺たちはこっちだから、とまたマサラの方向に歩いていく支智さんの背中は大きくて、頼もしい、なんて。
背中が見えなくなっていくまで見送ると、自然とため息が漏れた。何だか、凄く知識を詰め込んだな。
「…擬人化、かぁ」
誰でもできるわけじゃない、のか。ってことは擬人化してないとなついてないってことになるのかな。それはわかりやすいけど、少しだけ、ほんの少しだけ辛いかな。
ザァザァと聞こえる木のざわめきがうるさくて疎ましく思えた。耳をふさいで全部シャットアウトしたくなった。
「…擬人化って凄いねぇ」
『…お前、絶対変なのに騙されるタイプだろ』
「え?」
ぼそりと呟かれた言葉にアブソルの方を向くも、アブソルはうちから目を反らしていて。どういう意味、だろう。
対するピチューも難しい顔をしていた。なにかを考えているのか、口は真一文字になっている。だけど、一瞬小さく、小さく開いた口からは僅かに言葉がこぼれ落ちる。
『…気持ち悪い、だけだ』
その言葉に、声に、消えてしまいそうな危うさを覚えた。泣き出してしまいそうな声なのに、はっきりと芯を持って呟かれた言葉はやけに耳の奥に残った。いやに、その言葉が突き刺さる。
気を取られたのも一瞬。ピチューはうちの方に向き直った。もう、今感じた泣きそうで弱々しくて、潰れてしまいそうな雰囲気は微塵もなく。
『………俺、を…ボールに入れろ』
「…いい、の?」
『いい、入れろ』
強く、意思のこもった声。知ってる、よく知っている声色だ。それは聞き覚えがあって受け入れるこっちは泣きそうででも、…憧れてたんだ。
「…わかった」
リュックから空のボールを出す。早まる鼓動に緊張していることを自覚して、少し苦笑いが漏れた。
かちりとボタンを押してピチューになるべく優しく当てると、ピチューは大人しくボールに吸い込まれていった。開くことなく閉じられたボールに、ちゃんとピチューが収まったことを理解して、拾い上げる。ボールに入るとき、ずっと目を閉じていたピチューは今何を考えているんだろう。
またひとつ、ボールの重みが加わった。
擬人化、名乗れる名前
(…名前、かぁ)
それを与えられる人になりたい、なんて
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