鬼殺隊へ入隊して早一年が過ぎた頃。元鳴柱である育手の元から離れ、がむしゃらに鬼を狩りに狩ってはただでさえひもじい思いをしてきたせいなのか貯金額ばかりが増えていく。政府非公式とはいえ鬼狩りとして活動できるこの仕事は私の性分に合っているようだ。鬼狩りの欠点を挙げるとするなら、鬼相手とはいえ二重の意味でも汚れ仕事だということ。まあ、鬼を狩る際によく血濡れになるだとか聞くけれど生憎私の呼吸は血を浴びずに済む斬り方を作り上げたこともあって、当初はうまく行かないこともあったけれど今では快適な鬼狩りを行えている。

 育手でもあるが、元鳴柱の桑島慈悟郎は文字通りに私の『育ての親』でもある。物心がつく前に親を亡くした私は、幸運なことに桑島慈悟郎――おじいちゃんに託されたそうだ。私の親とどのような関係だったのか何が起きただとかの顛末は、幼い頃に無邪気に問うた私に言葉を濁したおじいちゃんに免じて、それからは敢えて聞いてこなかったのだ。もとい興味が無いのだ。

 ただこの仕事、性分に合っているとはいえ私の体には天職とは言えないらしい。おじいちゃんの昔の活動を小耳に挟んだり家屋の奥底に眠っていた埃を被った書物によると、どうやらおじいちゃんは呼吸と呼ばれる、なんだかすごい技を使えるのだと知った。そのころ好奇心旺盛だった私は「この雷の呼吸ってやつ教えて」と執拗に迫った甲斐あり晴れておじいちゃんから『雷の呼吸』と呼ばれる鬼を殺せる手段のひとつを教えてもらえることになった。

 後に聞いた話だけれど、どうやら『鬼』と呼ばれる存在は架空の存在ではないらしい。てっきり、おじいちゃんが私を夜中に遊びに出向かないための刷り込みで、ただの与太話だと思っていた。それに、驚くべきことに当時子供であった私以外を除いた家族全員を殺したのが、その『鬼』という存在だと知った。だって与太話だと思うでしょう? おじいちゃんにしては質の悪い冗談なのだと思い込むも、悲痛な表情を浮かべたおじいちゃんの様子からして、本当の話なのだと幼いながらに理解したのだ。

 親の仇だとかそういったつもりで鬼を狩っているわけではなかった。そもそも呼吸を身につけたかったのはおじいちゃんの過去の偉業だとか屋敷に来る人や街の人から聞いたりしてから、憧れてしまったからだ。どこか、強くなりたいと思っていた。だから仇とかいうのはただのついでであり、あまり重要視していなかったのだ。

 まあ、そんな意気込んで呼吸を身に着けようにも、どうやら私の身体には『雷の呼吸の適正』は無かったらしい。さてどうしたものか。

 おじいちゃんは元鳴柱といえど、もう爺さんだ。その日私は修行でぼろぼろになった体を引きずるようにして、町へ買い出しに出かけていた。
 体がその呼吸に向いていないのなら、諦めるしかないのだろうか? そんなことを悶々と考えあぐねながら町を歩いていたのだが、やはり私は幸運らしい。同じ修行を重ねる者同士だから勘付けるものなのか、そこで出会ったのは『水の呼吸』を扱う育手に同じく修行をしていた男の子だった。その育手はどうやらおじいちゃんとも接点があったのか自分は桑島の門下生だと話せば、あれよといううちにおじいちゃんとの話し合いも済んで合同修行をしながら互いに鍛錬をし合ったのだ。まるで学校のようで、楽しかった記憶だ。たしか村田くんと言ったか? 彼は私よりも後に修行を始めたようで、男にしては少し頼りがいがないようにも思えたがなかなかに根性がある男の子だと口には出さずとも、先輩風を拭かせていた。

 そして最終選別を迎える頃には晴れて私だけが扱える、雷・水の呼吸を組み合わせた『雹』の出現を可能とさせる呼吸を生み出したのだ。因みに、これは女の子やちょっと潔癖な人に教えたい呼吸だ。この呼吸、実は血を浴びずに済むのだ。ずうっと頭上にある空気中の水分を取り込んで出来た氷を、雷の呼吸お得意の素早さに物を言わせながら鬼の目の前でバシバシと木端微塵にしてやれば、斬った際に噴き出る血潮を取り込み凍らせ地面へ落下。そして鬼から見た際の視界不良の特典付きだ。付け届けとさえ思える。





 そんな私だけれど、気付けば下弦の鬼を二体も殺していたらしい。自覚がないのはこれは鎹烏から聞いた話だからだ。どうして皆、すぐに下弦だとか上弦だとか分かるんだろうか。目の大きな可愛らしい瞳でない限り、遠目から見て気付けるとは、とんでもない視力なのだろう。私に分かるのはその鬼が野生生物以下かそれ以外かとしか判別できない。私の有能でかわいい鎹烏がよおく鬼の目を凝視していたおかげで気付けたというもの。かわいいので褒美として好物をやった。その後、機嫌の良い鎹烏の様子は一変し「ハヤク、フミヲカエセ、イツマデ、オクツモリダ」と、どすどすと旋毛を突いてくる。

 致し方なしにと手紙を受け取るも、こちらも気付けば二枚あるようで。珍しいと思いつつ開いてみると、そこには――要約すると、新しく私の弟弟子となる子をとったから顔を見せに来いとのことだった。

 これも珍しい。なにせ、おじいちゃんは私以外に弟子を長い間とっておらず、ずっと私の修行に付き合ってくれていたからだ。聞けばこの手紙は数日前に届いたばかりだそうだ。
 ううん。でもこれ急ぎではないでしょう? そんなことを鎹烏に問えば更に旋毛をぐりぐりと穿られてしまった。そんな戯れもすぐに終わる。鎹烏も理解しているのだ、任務がまだまだ山のようにあるのだと。

 さて、今日も今日とて任務。任務を終えたらその次も任務。大きな怪我さえしなければ即座に次の任務を与えられる。もしかしなくても鬼殺隊は多忙なお仕事だったりするのかな? 身を以て教え込まれたくせして、知らないふりをして次の任務へと向かったのだ。鬼が出現するという地へと行く道中に聞いた話によると、鎹烏曰く下弦の鬼一体を倒した時点で御館様には知られているようで、どうも柱の枠が空いていないだとかで柱候補の話は一旦保留とされたらしい。それまでは補助として頑張ってほしいとのこと。どうやら私は『柱』になれる条件を満たせたらしい。
 ――とは言うものの、私は柱の誰とも関わりが無ければ正直なところ名前だって把握できていなかった。御館様と呼ばれる存在は知っているが、お会いしたことはない。柱に対して魅力が今一感じられずにいる私はその件について鎹烏に問うてみると、柱になればなんと専用の屋敷を誂えるらしい。それにお金も定期的にたんまりと頂戴できるとのこと。うん。目指す理由が明確になってきた。

 頑張れる理由こそあれば、殺伐とした鬼狩りでも力が入るというもの。任務続きで疲弊した体を鞭打ち立て続けに鬼の頸を切り落とす日々を過ごし、早一ヵ月。一ヵ月も経ってしまった。あれから手紙は寄越してこないおじいちゃんは私を理解してくれているようにも思えるが、半ば諦められている気もする。ううん、自業自得。

 さて任務も落ち着いたのだから里帰りだ。手紙を返すよりもずっと早いし、なにより顔を見せに来いという用件だったはず。それなら尚更返答なんて不要でしょう。そんなことを口走る私には鎹烏もお手上げのようで、ぱさりと黒曜の翼で肩を竦めるのだ。器用なことだ。
 桃の木の生い茂る林を抜け、おじいちゃんの屋敷へと出向くとすぐに――なにやら黒い人影が見えた。その背中に向けて何んと無しに「ただいま〜」なんて気の抜けた声をかけてみれば、驚いた様子の男の子が振り向いた。

 なんだかこの子、子供にしては上背があるのにとても細く見える。ほっそい。とても心配だ。
 とりあえず、おじいちゃんや弟弟子となる子にと拵えたお土産を「たくさん食べるように」と一言添えて手渡すと、ぽかんと口を開けてちょっと太い眉をぐっと顰めてどこか怪訝とした様子ではあるが受け取ってくれた。すぐ近くに居たのか、おじいちゃんもひょっこりと屋敷から顔を出し、驚いた様子で私たちを交互に見ていた。

 「○○、お主いつ戻ったんじゃ!?」
 「今ですおじいちゃん。ただいま〜」
 「ばかもんッ!! なぜ文を返さん! 鎹烏もカンカンだったろうに!」
 「カンカンだったね。その、任務があまりにも続いてて時間が取れなくて」
 「……ふむ。まあ、よく戻った」
 「うん」

 仕方ない娘じゃ。と言わんばかりに溜息を吐かれ申し訳無さが芽生える。だが、気になるのはこの男の子のことだ。状況の飲み込みが早い方なのか、手渡したお土産を両手で抱えながらも少しの動揺を隠しきれずにいる様子でありながら、黙って私たちの会話を聞いているようだ。ぱちりと目が合うと、先ほどよりも眉間の皺が少なくなったように見えた。

 「おじいちゃん、この子が?」
 「そうじゃ。獪岳、此奴がお主の姉弟子じゃ」

 おじいちゃんが声をかけると、ハッとしてはお土産をおじいちゃんへと丁寧に手渡す獪岳。
 獪岳くん、と呼ぶべきか? 改めて私へと向き直った獪岳くんはご丁寧にも頭を下げてから挨拶をしてくれた。

 「先日から先生の下でお世話になっております、獪岳と申します」

 なんて礼儀正しいんだ。弟弟子にしては――、あれ? 弟で合っているんだよね?

 「そんなに畏まらなくてもいいよ。
 ねぇおじいちゃん。弟の、弟子で合ってるんだよね」
 「うむ? そうじゃの」
 「随分上背があるから、同年代ぐらいかと」
 「たしかに、獪岳は上背がある方じゃのう。
 じゃが、お主よりも二つか三つは離れているぞ」
 「え」

 先の声は獪岳くんだ。なんだ、そんなに意外かな? そう言いたげにじとりと獪岳くんを見ると、またあのハッとした顔をしては逞しい眉をピンを張らせ「いえ、」と主張を下げていた。ふむふむ、私よりずうっと行儀も正しいらしい。





 お土産は鼈甲飴にラムネ。それになんと、キャラメルやカステラも入手してきたのだ。少しばかり手土産が多い気もするが、私自身がこの機会で初めて口にするものが多くこの時をとても楽しみにしていたのだ。それに、弟弟子と聞いていたからきっと甘味を好むだろうと想定したが、獪岳くんはどうだろうか?

 なんて心配は無用のようだ。お土産を包んでいた風呂敷を開いた途端に香ばしい匂いと共に小綺麗な包み紙であしらわれた菓子を目にした獪岳くんは、ぎょっとしたようにも見えたが次には口を結びこくりと喉を鳴らしたのだ。心なしかどこか輝きが欠けているように見える瞳がきらきらと潤んでいる気さえする。ううん。この子見かけによらず顔に表情が出やすい? かわいいな。気に入ってもらえたのならよかった。

 ただ、なぜか土産に手をつけようとしない獪岳くんに食べるように促すも、まだ手を付けない。おじいちゃんにも食べるように促せば「ふむ。ではいただくぞ」と先ずはキャラメルに手をつけた。気になっていたものね、おじいちゃん。

 獪岳くんはというと「ありがたくいただきます」と一礼するも、未だに手をつけないため仕方なく――それに私も涎がたらりと垂れてしまいそうな程に気になっていたこともあって、早速と手を伸ばす。そろりと摘まんだのはキャラメルだ。遅れて獪岳くんもキャラメルを手に取るのを見届け、ぱくりとキャラメルを口に放る。

 「ん! あまい! おいしい!」
 「うむ、うむ……これは流行るわけだ」

 舌で転がすように甘みを堪能していると、獪岳くんも漸く食べてくれたようだ。

 「……! う、……美味しいです」

 その声は、風貌には似つかわしくないくらいに幼気であり心嬉しそうで。顔をあげてその様子をしばらく見ていると、視線を感じたのかぱちりと目が合った。やはりまだ私の前だと気が抜けないのか、表情が強張ったように見えたこともあり「美味しいよね。たくさん食べて」と声をかければ、控えめに頷き「ありがとうございます」と、またも一礼される。

 そんな様子を今まで遠巻きから見ていたのか、はたまたキャラメルが溶けるまでの時間か。それまで無言でいたおじいちゃんがどこか不思議そうに私を見ているのだ。

 「おじいちゃん?」
 「……いいや。そういえば○○。
 このひと月手紙も寄越さず、なにかあったのかと思ったぞ」
 「ごめんね」

 なんだか誤魔化されたような気もするが、獪岳くんも嬉しそうにキャラメルを堪能しているし一先ずはいいか。小言を続けるおじいちゃんの言葉を何んと無しに躱しつつ、ぼうっと誰も手を付けないカステラの包み紙を眺めていた。
 おじいちゃんが小言をぐちぐちと言っているうちに、獪岳くんと私で食べてしまおうか。そんなことを考えながらカステラの包み紙を開き、未だに続いている小言をまるで小鳥の囀りの如く思いながら獪岳くんへと二欠片分けてやる。

 「! あり、がとうございます」
 「食べな食べな」
 「……○○」

 は、はい。

 少し声色が変化したおじいちゃんの呼び声にサッと座り直す。身を固くしておじいちゃんへと向いてみるも、やはり先ほどと同じように不思議そうにしている。ううん。そろそろ気になるし、なんだろうか聞いてみようか?

 「○○。獪岳とは初対面じゃったな?」
 「うん」
 「ふむ。お主にしては、その……」
 「……うん?」

 なるほど、やはりおじいちゃんは私という人間をやはり多少は理解してくれているらしい。
 私は、人に対してそこまで興味がないのだ。正確に言えば対して知らない存在だとか、いわゆる他人に興味がないわけで。獪岳くんはたしかに初対面ではある。不思議に思うのはおかしい話ではないだろう。

 そういえばどうして私はこんなにも獪岳くんに食べさせているのだろう。なんだか、食べてもらわなければと思ってしまうのだ。これは庇護欲に近いものなのか、なんだろうか。それにもう少し食べないと、その身体では――ああ、なるほど。

 二度目の納得を成した私は、きっとこんな初対面の時には問うべきではない事について質問することになる。

 「おじいちゃん。獪岳くんって拾って来たの?
 私と同じように親が死んだ?」

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