修行は男女関係なく平等のものを熟していくべきだ。その修行をやり遂げるのだと決めたのなら尚更のこと。過酷な内容といえど、それを乗り越えた先に待っているのは鬼狩りとしての生活――そして割と安定した賃金を頂けるのだ。柱になれば尚のこと増えていく賃金に誂える屋敷、その身についた実力と経験はその後の生活を豊かにしてくれるだろう。

 まあ、これはおそらくだとかきっとだとかたぶんだとかの話であって、人によるうえに死と言う形で呆気なく終わってしまうかもしれない危険性もあるけれど。
 それでもやはり修行は辛くも良いものだ。決して辛い思いをするのが好きなわけではない私だけれど、こればかりはしっかりと身に着けておきたい。それに男性だってそれなりの強い立場でありたいのなら、やはり努力は必要だ。私よりもずっと筋力がつきやすくて、修行を重ねれば重ねるほどに強くなれる。同じ境遇の仲間が居れば尚更のこと、向上心も身についてやる気もあがることでしょう。ねぇ、そうでしょう?

 「〜〜ッもーーわっかんないよぉ! 嫌だよぉ〜〜ッ!!
 ねぇもう本当に無理ぃ!! 俺もう限界だからぁ!
 ね、ね、俺がんばったよね!? ねぇ兄貴!!」

 ぶんぶんと首を振って蒲公英の花弁のような髪の房を振り乱し大げさに泣いているのは、弟弟子の我妻善逸だ。今日も修行に励みえらいえらいというにはなんとも情けなくずずりと鼻を鳴らしているのだ。修行着についた泥やら葉はどうやってすっ転んだのか頭にまでついているうえに、鼻水まで垂らしてしまっている。
 こんなぼろぼろとはいえ、鬼の頸を狩るために必要な修行をしているのだ、この姿は当たり前だと思いたいがどこか可哀想にも見えてしまう。幼い子供を泣かせているようで胸が痛むが、先の通り鬼と対峙するための修行なのだからこればかりは仕方がないのだ。

 「知らねぇ見てねぇ」
 「知ってよ見ててよぉお〜〜ッ!!
 っていうか見てたよね!? 見てたのになんでそんなこと言うの!?」

 すぐ隣を歩きつれない返事をした彼――獪岳も、私の弟弟子である。聞けば私より先に帰っていた獪岳は、善逸の修行を見てやっていたとのこと。まあ、行かせられたという表現が近いのだろうとは思うが。そろそろ終わったところだろうと聞き様子を見に行ってからというものの、手を焼いていたのかいつにも増して眉が顰めっぱなしである。

 「自分で聞いておいて。まったく」
 「いやそんな真面目なかんじで言われると思ってなかったんだもん」

 先に「こんなに厳しくやる必要あるぅ!?」と聞いていたのは善逸の方だ。姉弟子としての教えがまだ未熟だということかな? なんて唸っていれば「違うから!! 姉ちゃんが厳しいんじゃなくって兄貴がっ……痛ーーッッ!?」と、私が見ていないうちにどうやら背中に一発重いものを貰っていたようだ。うんうん、きっと活を入れてやったのだろう。喝ともいう。

 未だぴすぴすと鼻を鳴らす善逸の背をさすってやれば「えへへ」と笑った。破顔というには毎日笑顔を見せてくれる善逸だが、獪岳たちの前ではまた違う表情を見せるのだ。ころころとあまりにも変わり巡る表情の豊かさが、面白いったらありゃしない。

 「○○」

 呑気にそんなことを考えていれば鋭い視線と共に声がかかる。其方を見遣れば――案の定だが、獪岳であった。心底面白くないのか、訴えかけるように私をじっとりと見つめてくるのだ。心なしか口許は幼い子供のようにゆるいお山が出来ているように見える。

 「獪岳。まだ余裕がありそうだね?」
 「……おう」

 修行をみてやっていたとはいえ獪岳の隊服に汚れは無くいつもと変わらない様子であり、任務明けではあるものの身体的な疲れはなさそうに見えた。心労の方はわからないけれど。まあ、これはいつものことだ。
 最近になり階級も丙へとあがって私の継子として努めることになった獪岳には、それまでの準備期間として二日ほど休暇が与えられた。ちなみにそれに則って『先ずは師へのご報告・継子との交流を深める・二番弟弟子の最終選別までの稽古』と、御館様に熱烈論及していくも「二番目は申し分ないのでは?」と穏やかに仰られていた。その時の獪岳といったら、隣で大人しく膝折り跪いていた割に肩が大袈裟にびくりと反応するのが珍しく、呆気にとられたこともあって知らずのうちに「そうですね」とご回答いたしていた。バッと顔を上げてはいかにも驚いたという様子の獪岳がまた珍しく、たいへん満足したのだ。御館様はそんな不躾なご回答にも温厚に、望み通りの休暇をくださったのだ。

 それまではなんとも多忙な毎日ではあったが、久しく帰ってきた私たちに「おかえり〜!」と笑顔で出迎えてくれる善逸には胸がほっこりとしたものだ。獪岳も継子に至るまでは、鬼を狩りに狩って私へと報告・稽古をつけてもらうために私の許へと通う日々であった。たまにはこっちに帰ってもらうべきだったけれど、獪岳がどうしても私の傍がいいというから。かわいい弟弟子のおねがいとなると仕方がないのだ。

 さて、帰ってきた理由の一つである善逸の最終選別についてだ。正直なところ、善逸の実力は最終選別を一人で超えられるぐらいには充分ではある。たったひとつの型ではあるが、いずれ自発的に修行を行えるきっかけさえあれば善逸は独自に呼吸を編み出せる程に極めていたのだ。
 ただ、それには勇気や自信を少しでも身に着けてもらわなければならない。善逸は文字通りの無意識下で『生』にしがみついていながらも、どこか自分の『生』に対しての考え方だけは諦めの境地に達しているのだ。獪岳とは真逆とも言える善逸。弟弟子ふたりがここまで対照的なのは、なんとも面白い。
 そんな善逸には厳しく克己的な兄弟子である獪岳との交流が不可欠ではある。そして、仁慈ある心への理解のために獪岳にとっても善逸と交流するのは効果的と言える。ふたりはどこか似ているようでまるで似ていない。境遇が同じなようで違う。この二人がいずれ『幸せ』になるまで――それまでの過程として、今があるのだ。きっとお互いに良い方向に進むと信じて、師と姉弟子でここまで見守ってきたのだ。

 とは言え既にぼろぼろである善逸には酷な話だが、まだまだ修行は続けてもらわなければならない。だって、もうすぐ善逸の最終選別の日なのだから。というか二日後である。

 「それなら、よろしく頼めるかな?」

 なにをと言わずも理解しているのか、獪岳は更にぐぐっと眉間の皺は増やしながらも小さく溜息を漏らした。獪岳の考えていることがすこしは理解できる。きっと今は「何故帰って早々に弟弟子の稽古をしなければならないのか」と思っているはずだ。そしてきっと、私と過ごしたいのだろう。
 昔から放任しつつも陰ながら見守っていたつもりだったが――いつの間にかにこうなっていたのだ。弟子入りしてからというものの、あまり交流が盛んな方ではなかったというのに稽古づければ嬉しそうに励むし、多少の厳しさも甘んじて受け入れられてきたのだ。
 このとおり私に自覚があるように、獪岳に懐かれている。それなりに善逸にも懐かれている気もするけれど、最近は獪岳からの圧が原因なのか、先のように触れ合いは最小限な気もする。まあ、別に。それでもいいのだけれど。

 「飯、今日は多めがいい」

 そんな獪岳はというと、姉弟子である私の頼みとあらばと文句こそ口では言わないようだ。多少ぶすくれているようにも見えるが、まあ違いないだろう。代わりにと提案されたおねがいにはもちろんと二つ返事で頷いた。

 「うん。今日は桃も出てくると思うよ」
 「! おう」

 見るからに嬉しそうである。目を細めては背筋も伸びたように見えた。かわいいひとだ。

 さて、善逸はというと、私と獪岳の会話からこれから待ち受ける事実を悟ったのかいつものにこにことした笑みに幾分か戻った様子というのに、私たちと目が合えばその表情から一変してみるみるうちに顔を青に染めていった。獪岳にむんずと首根っこを掴まれ無言で引き摺られる状態は、まるで捕まった小動物のようで思わずくふりと笑い声が漏れ出た。

 「嫌ぁーーーッ殺されるぅ!! やだぁ!」
 「おい、行くぞカス。手間かけさせんな」
 「嫌だもんヤダーーーッ!!
 姉ちゃぁ〜〜〜ん!!」

 手を伸ばし私の羽織へ触れる寸前に頭にぼこんと拳骨を落とす獪岳。ああ、私に手を伸ばすから。頭部をさすり唸りながらも「暴力ほんっとにやめて!!」と主張する善逸。まだ諦めのつかない様子に「いってらっしゃ〜い」なんて手を振れば、ずびっと鼻を啜りながらも律儀に手を振り返してくれた。あらかわいらしいこと。
 律儀なのは獪岳も同じであり手を低く挙げ一礼し、未だに善逸の首根っこを掴みずるずると引き摺りながら林の方へと向かって行った。
 今日の分の修行をすっぽかして逃亡を図ったのは善逸だ。獪岳には多少疲れもあるかと思うけれど、善逸の逃亡を阻止する方法はいまのところ、すこし手荒ではあるものの獪岳の肉体言語が有効なのだ。

 ふたりの背をしばらく見送っていると、家屋の裏手の方から私たちの師である桑島慈悟郎――おじいちゃんが歩いてきた。今夜の食材となる山菜と果物をたんまりと収穫してきたようだ。遠くの道の先で小さな後ろ姿となっていく二人を見ていたおじいちゃんの手からいくつか食材を受け取る。果物の主は桃であるためにふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。

 「おお。行き違いじゃな」
 「どうします?」
 「いい、いい。先に支度を進めてやろう」
 「はあい。ふふ、桃いいにおい」
 「いいものが採れた。獪岳はとくに喜ぶじゃろう」
 「うん」

 手に取ると、桃の状態はちょうど食べ頃でありよく熟れていて色もいい。優しく籠に戻しては、先の獪岳の表情が目に浮かんだ。善逸もきっとくたくたになり戻ってくるはずだから、さっそく中に戻り食事の支度を進めるのだ。





 それからは修行に勤しむ二人の帰りを待つ合間に終わらせようと支度を進めていた。汁物の仕込みを終えてから手を付けたいつもより多い惣菜の数に、我ながら手際がいいと自画自賛してしまう。戸の隙間からは夕日が差し込み、その頃には米も焚けてきてはいい香りが食欲をそそった。

 私の屋敷での食事は獪岳に任せることが多くなったと思う。幼い頃から教えた甲斐あり獪岳は料理もなかなかの腕前である。私が台所に立つのは決まって獪岳が単独任務についていたときが多かったと記憶していて――ううん? よく思い出してみると、獪岳は本当に私の屋敷に居る気がする。それを受け入れているのは私ではあるけれど。
 帰りが遅くなった私のために用意された食事のあたたかみといったら。心からの感謝を込めて礼をすれば、なんでもないといった様子でありながらも目を細めて頬をあげ、満更でもない表情を見せるのだ。

 さて、もうすぐ戻ってくる頃だ。お疲れさまの気持ちを込めたおやつとして桃を剥いてやろう。
 皮をするりと剥き、愛らしくゆるやかに丸みを帯びさせるようにして切り分ける。ここの桃はとっても甘くて美味しく、余った皮さえ美味しいのでぱくりとつまみ食いだ。食べることも剥くことも楽しくなってきて、いくつかの桃を剥き終わった頃に手入れや掃除から戻ってきたおじいちゃんに「これ」と声がかかる。どうやら獪岳の取り分け皿にばかり桃が乗っていることに気付かれたらしい。

 「ほれ、獪岳にばかりしてやるな。善逸のぶんも気にかけてやれ」
 「ふふ、もちろんだよ。あ、ごはんは獪岳はすこし多めがいいとのことで」
 「おお。たくさん食べさせてやれ。……儂にも桃をくれ」
 「あはは、もちろん」
 
 掃除で汚れた手を清めつつ私の手元にある桃をちらと見てはそう言うおじいちゃんは、最近食が細くなってきたといいながらも食欲旺盛である。流石は元鳴柱であるおじいちゃんだ。

 というか、なにも獪岳にだけ桃を取り分けていたつもりではなかったのだけれど。おじいちゃんには昔から獪岳を贔屓していると思われているようだ。まあ、あながち間違いではないけれど。
 おじいちゃんも元より二人にたくさん食べさせるつもりで持ってきたつもりだとしても、いざ並べられた惣菜の量の多さにわははと一笑いしていた。なんだかんだと言いながらも、おじいちゃんも二人がすくすくと育ってくれるのなら、それがいいのだろう。

 「おじいちゃん。桃、獪岳楽しみにしてたよ。だめ?」
 「駄目ではないがのう……善逸が騒ぐぞ」
 
 獪岳の取り分け皿をとんとんと指でつつき主張すればむむむと唸るおじいちゃん。晩飯の前といえど飯時ぐらいは静かにと、思っているのだろう。私だって、今からでも獪岳と善逸のどっちの桃が多いかといって修行で疲れているというのに飽きずに争奪戦が始まる様子が容易に思い浮かんでしまう。二人してううんと唸るも、私はそっと獪岳の皿に桃を多めに取り分けたのだ。

 「おじいちゃんだって、前は善逸のこと贔屓気味だったでしょう」
 「……あれはだな。ええと……、」
 「ふふ。ほらね」

 おじいちゃんが言葉を濁している間にさっさっと桃を取り分けては、戸の向こうから「嫌らよぉぉぉぅごはん食べるよぉぉぉぅ」と高音故に耳を劈く善逸の泣き声が聞こえた。鳴き声ともいう。ああきっと獪岳に怒られているのだろう。
 二人して戸の方から惣菜が並べられた台所へと目を遣れば、まだ準備が整っていないことに焦りを感じそそくさと食事場へと運びはじめた。





 それから間もなくして帰ってきた二人に桃を取り分けた皿を渡しては、案の定「俺の方が少ないよ〜!!」と悲観する善逸に、今日は惣菜が盛りだくさんであること・獪岳の好物だから我慢なさいと伝え、口に桃を放ってやればもぐもぐと大人しく食べ始めた。すると、獪岳はそんな様子を黙って見てはいられないというように、ずいっと迫り来ては口を開けたのだ。

 「んあ」

 珍しいのだ。おじいちゃんが居ないとき、というのはよくあることだが、善逸の前でやるとは思わなかった。これは屋敷でよくやる戯れのひとつかと思っていたから。驚く善逸を他所に「くれよ」と言わんばかりに口を開けて待ってる獪岳の眉間の皺が増える前に、大振りの桃を放ってやれば、口を閉じ行儀よく咀嚼している。
 その後すぐにおじいちゃんが台所から戻ってきたことによりこの戯れはすぐに終わったが、善逸だけが「ねぇなに今のなに!? 待って兄貴もそういうのするッ……やだなに怒らないでってぇ!!」と、獪岳が拳を握り込むまで騒いでいたがこれもすぐに終わった。
 
 まあ、これらからわかるように、こんなに懐かれてはね。
 こんなの、贔屓するに決まってるでしょう?



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