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(経→鈍)


その日、鈍ちゃんは終始機嫌が良かった。
昼に常連客から何とか言う有名なワインを貰ったからかもしれないし、そのあとの「仕事」が首尾よくいったせいかもしれない。とにかくその夜祝杯をあげようということになって、店の一角をつかって二人きりで祝勝会を開くことになった。ちなみに卓上は鈍ちゃんがコーディネートしたので、テーブルの周りだけさながら高級レストランのような様相を呈している。
真っ白な光沢をはなつテーブルクロスに肘をつきながら、何杯目かになるグラスを傾けて、鈍ちゃんはやっぱり、と心もち舌足らずな発音で言った。
「相変わらず、似合わないわ」
鈍ちゃんの声は、酒が入っているせいかどこか甘い。
「んん?」
顔を上げると、ワイン、と答えが返ってきた。
「そんな風にがさつに頂くお酒じゃないのよ?」
そう言って、鈍ちゃんは静かにグラスを口許に寄せる。その仕草はとても繊細で、確かにとても様になっていた。
「せっかくの勝利の美酒だもの、味わって飲まなくちゃ……」
鈍ちゃんは軽く笑って、それから唇に残るしずくを味わうようにちろりと舌で舐めてみせた。燭台の炎に照らされたその光景は恐ろしく扇情的で、俺は見てはいけないものを見た気分になって、思わず視線を逸らす。
「……いいの、俺、味とかわかんねえもん」
そう言い捨てて、俺はグラスに残ったワインを思い切り飲み干してやる。が、その拍子に気管に入って、すぐにみっともなく噎せ返ってしまった。
「……だめねえ」
くすくすと笑う鈍ちゃんは、酒が入る前に輪をかけて上機嫌だ。俺はげほげほと咳き込みながら、ひそかに鈍ちゃんの形の良い唇を目で追った。赤い、三日月形のそれ。
「……ああほら、ここも。零してる」
そう言って身を乗り出して、俺の胸元あたりを指で差す鈍ちゃん。白くて細い指の先で、唇と同じ色のマニキュアが血のように映える。その赤に誘われるように、俺は気付いた時にはその手を掴んでいた。
驚いたように鈍ちゃんが俺を見上げて、視線がかち合う。
鈍ちゃんの虹彩は炎の色を吸いこんで、何とも言えない妖しい色で ひかっていた。俺は息を呑んで、その不思議な色に思わず見入る。
「………」
手を掴まれたまま、鈍ちゃんは何もせず、何も言わなかった。俺も何も言わず、そのまま時が静止したような錯覚に陥る。
それから何秒、何十秒と経ってその静寂を破ったのは、鈍ちゃんの呆れたような溜息だった。その吐息で炎が揺れて、俺ははたと我に返る。
「あ!? え、えっと、悪ぃ!!」
慌てて手を離すと、鈍ちゃんは再び嘆息して、椅子に座りなおす。先程とは打って変わって不機嫌そうな表情で、俺の掴んでいた手のひらを振りながらこちらを睨みつけた。
「……お風呂入ったのにベタベタになったじゃない」
「ごご、ごめん……!」
「意味不明だし」
「す、すみません……」
「脈絡もないし」
「………」
もはやぐうの音も出ない俺を、鈍ちゃんが瞳を眇めて見つめる。
「………意気地なし」
「!」
慌てて顔を上げた時には、鈍ちゃんは既に席を立って、俺に背を向けていた。
「……もう一回お風呂入ってくるわ、片付け宜しく」
そう言って、握られていた方の手をひらりと振る鈍ちゃん。残された俺はしばらく背中を見つめ、やがてその姿が廊下の奥に消えたところで大きく息をついた。
「……あー、くっそ」
毒づいて、ボトルに残ったワインをそのまま呷る。
口の中に広がる渋い味は、やはり美味しいとは思えなかった。



……こういうぎりぎりの鬩ぎあいを繰り返してればいいと思うのです
20100914

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