イニシアチブ談義 | ナノ



(西と墺)


「ま、仲良うしたってや」
そんな風に軽い調子で手を差し伸べられたので、オーストリアは冷ややかに相手を一瞥した。
赤を基調とした部屋には窓がなく、日中だというのに仄暗い。男の動きに少し遅れて、燭台の上で炎が揺らめいた。その灯火が男の顔に濃い影を落とすのを、オーストリアは無言のまま見つめる。
日に焼けた、彫りの深い顔立ちはきちんとしていればそれなりに精悍に映るだろうに、先ほどから男はへらへらと笑って締まりがない。しかし、この男が剣を握るときは別人のように血気に逸るのを、オーストリアは知っていた。知っているからこそ、相手の場違いな明るさは底が見えず、どこか据わりが悪い。
「なんや、つれないなあ。両家のめでたい門出やん、握手くらいしたってや」
黙ったままでいると、男は拗ねたように唇を尖らせた。その幼い仕草にオーストリアは眉根を寄せたが、迷った末、男の方に手を差し出す。
――瞬間、オーストリアの差し出した右手は思いがけない力で掴まれ、そのまま相手の方に強く引き寄せられた。引かれるまま、オーストリアはたたらを踏んで、だらしなく肌蹴た相手の胸元に飛び込む格好になる。
「こ、のお馬鹿! 何のつもりです!」
「何って、仲良うしたってって言うたやーん」
見上げた先で、相手はまったく悪びれる様子もなく、意地の悪い笑みを浮かべていた。
スペインは獲物を捕えた肉食獣のように、オーストリアの細腰にゆっくりと腕をまわした。右手を封じられたままのオーストリアは、咄嗟に左手を相手の胸元に突っ張ったが、サテンのシャツの上で指先は頼りなく滑って、余計に相手に凭れる結果になる。浅黒い肌があられもなく目の前に迫って、オーストリアは思わず目を伏せた。
「っ……お放しなさい!」
「ほんま、つれないなあ」
腕の中で藻掻くさまを、スペインが低く笑う。
「……安心してな。俺、家庭に入ったら尽くすタイプや思うねん……」
どこか陶然とそう言って、スペインは逃げる相手を追い詰めるようにして唇を塞いだ。きつく結ばれた境目をほぐすように舌を這わせ、ゆるゆるとなぞると、相手の唇から浅い、短い息が漏れる。その思いがけない甘さに、スペインはくらりと酩酊したような目眩を覚えた。
(本気で食ってしもてええかなぁ。)
そんな風に思ったその時。触れ合った唇に唐突に鋭い痛みが走って、スペインは思わず口元を押さえて身を引いた。
「……っつぅ!」
そのさまを、息を整えたオーストリアが険しい表情で睨みつける。オーストリアの口元が赤く汚れているのを見て、スペインは自身に何が起きたのかを悟った。
「――いい加減になさい。私を属州か何かと思い違いをしているのでしたら、穏便ではない方法に頼ることになります」
オーストリアは冷ややかな口調で言ってから、懐からナプキンを取り出して自身の唇を拭った。そしてそれを無造作に床に落としてみせる。
「……ずいぶん気ィの強い嫁さんやんなあ」
スペインはそう言って口元の血を舐め取ると、手負いの獣じみた凶暴な笑みを浮かべた。距離を置いたまま、二人は静かに睨み合う。
蝋燭の炎が、先ほどまでの二人の動きに合わせて激しく揺れていた。赤い部屋に伸びる二つの影が、別の生き物のように踊り狂う。
「なんや〜、本気で惚れてまうやんか〜」
静寂を破って、スペインは再び場違いに明るい声をあげた。例のへらりとした笑みを浮かべて茶化す相手を、オーストリアは警戒を解かずに見つめる。
「そない怖い顔せんといてや。挨拶も済んだし、今日のとこはもう帰るわ」
「………では、迎えを寄越します」
「ええて、別に。これ誰かに見られたら言い訳できひんもん」
そう言って唇を指すと、オーストリアは不愉快そうな表情のまま「……謝りませんよ」と顔を背けた。それを追いかけるように覗き込んで、スペインがによによと笑う。
「まあ、じっくりじゃじゃ馬馴らすんも楽しみのうちやんなあ?」
「………暴れ牛のような方に言われたくありません」
オーストリアが心底嫌そうに顔を歪ませたので、スペインは思わず笑い声をあげた。


イニシアチブ談義 by nostalgia


20121223
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