悲劇もしくは幸福に泥酔 | ナノ



(墺と洪)


み神の みむねに 恵まれて契りたる
さかえに 輝く 二人に喜びあれ
ますらをよすすめよ 花嫁よすすめよ
嚴めしき祝ひおへ 心ゆく語らひに

――Brautchor aus Lohengrin


純白の花びらが、世界を覆うように降り注ぐ。
家々の窓に下がったふたつの意匠を合わせた旗が、幾重にも連なって翻る。
街道を覆う何千、何万という群衆の叫ぶ祝福の声を聞きながら、私は後部座席でぶるぶる震える身体を持て余していた。
(嗚呼、世界はいま、私たちのものなんだわ)
嬉しくて、胸が詰まって、景色は先ほどから何度も水の中に沈んでしまう。
――皇帝皇后陛下万歳。二重帝国万歳。
快哉の中、ゆるゆると進むパレードはいつまでも終わりが見えない。
いっそ永遠にこの時が続けば良いのに、と車窓にべとりと張り付いている私を、隣のシートの彼が窘めるように笑った。
「……こら、人がおかしく思うでしょう」
低い、落ち着いた声に振り返ると、彼は照れたような困ったような顔で私を見つめていた。
彼も笑顔なのが心底嬉しくて、居ても立ってもいられなくなった私は、「だって!」と息を弾ませる。
「こんなの夢みたい……夢みたいなんだもの……!」
思わず潤んで震えた声に、彼は少し目を見開いてから、そうですね、と律儀に相槌を打って私の手を握った。
祝祭の隊列は、進む。
あのとき、あの瞬間。私たちの世界は、どこまでも終わりのない輝きに満ちていた。
――アウスグライヒ、キアジェズィーシュ。
祝福の影でそう囁く声があることなど、私たちには実に些末な問題だった。ただ、グローブ越しにそっと繋がれた熱の歯がゆさが、そのときの私のすべてだったのだ。
堪らずにほろりと零した涙は、景色を一瞬閉じ込めてから音もなく弾けた。


悲劇もしくは幸福に泥酔
by 首路


20111221

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