(安→本) (ハイテンソン告白劇) 「本好、」 「なに」 「す、すきだっ」 ――そのときの夕日に照らされた本好の顔を、俺はずっと後々まで忘れないと思う。 ……トラウマ的な意味で。 こちとら数年越しの想いをやっと伝えたというのに、本好はその端正な顔をこれでもかというほど嫌っそうに歪めて、鞄に教科書を詰める動作のまま固まっていた。 俺はふっ、と自嘲して、目元を手のひらで覆う。 「……ま、想定の範囲内だけどさ、」 息を整え、未だに嫌っそうな顔で固まる本好に向き直り…… 「……いくらなんでもひどくないお前!!?」 思い切り叫び声をあげた。 その大声に我に返ったのか、ようやく本好がいつもの表情に戻る。 「びっ、くりした……人間って理解しがたい出来事に遭遇すると勝手に思考が停止するんだ」 と、まだどこか呆けたように呟く本好。そのわりに冷静に分析しているところが非常にむかつくところである。 「……今の簡潔極まりない文章のどこが理解不能なんだよ」 俺が恨みがましく上目で睨むと、 「理解不能っていうか、受け容れがたい。無理。死んでも無理」 三段活用で容赦なくお断りの言葉が返ってきた。想定の範囲内とはいえ、あまりの取り付く島のなさに本気で泣きたくなってくる。いやもうすでに涙目だけど。 「話ってそれだけ? ……なら俺もう帰るけど」 「ええ!? ちょ、ちょっと待った!!」 ……何このしょっぱい告白劇。 ともすればめげそうになる自分をなんとか奮い立たせて、俺は兼ねてから用意していた「こんなこともあろうかと!」用であるプランBを発動させる。 「じゃ、じゃあさ、せめてちゅーさせて」 「気持ち悪い意味分かんない」 今度も本好は一切容赦なかった。……落ち着け俺! そうていのはんいない!! 「いやほら……お前のことは諦めるから思い出に的な……」 「気持ち悪い意味分かんない」 二回目。 ここへきて、俺はもう我慢するのをやめた。何をって、泣き叫ぶのを。 「……なっんでだよぉぉ!!? 貴方のことはもう忘れるわ……でも最後のオネガイ☆ってゆー健気且つ人畜無害な申し入れだろぉぉ!!?」 「気持ち悪い意味分かんないやすだしね」 なんか語尾が増えた。 「お願いします!! どうかちゅーさせてください!!!」 もはやプライドなどかなぐり捨てて、俺はその場にざざーっと膝をつく。 「一生のおねがい!!!」 涙目+スライディング土下座+藤直伝「一生のおねがい」攻撃でやっと俺の必死さが伝わったのか(一瞬見えた顔はかなりドン引いた表情をしていたが)、本好はようやく「じゃあ……」と考える素振りを見せた。俺はがばっと顔を上げ、涙と期待に目を輝かせて本好の返事を待つ。 「……じゃあ今後一切、俺に話しかけないって約束する?」 こくん、と小首を傾げる本好。 いやいや、可愛いよ。可愛いんだけどよ。 「……お前それちゅーと引き換えにしちゃ重すぎるペナルティじゃね?」 「何言ってんの。軽すぎるくらいだよ」 「………」 その後、上記の「一生のお願い」を五回ほど繰り返した結果、美作と一緒にいるときの本好には話しかけない、という妥協案で本好が渋々了承した。 ……だから何このしょっぱい交渉!? とはいえ、背に腹は代えられない。あの美っちゃん狂いの本好が俺にこんなことを許すなんて、はたして今後訪れるだろうか。いや、絶対ない。(反語) 「じゃ、じゃあ……いくぜ」 俺は身を起こし、本好の細い肩に恐る恐る手を乗せた。俺の鼻息がかかるのを心底嫌そうにしながらも、本好は抵抗する素振りは見せなかった。 本好は切れ長の瞳でちらりと俺を捉えると、そのまま薄い瞼をそっと閉じる。男のくせに長い睫毛が至近距離でふるふると震えて、俺はその本数まで数えられそうな近さにますます息を荒げた。 「……気持ち悪い。さっさと終わらせてよ」 瞳を閉じたままの本好が口を開く。その口の動きに誘われるように、俺はそろりと本好の唇に自身の唇を重ねた。温度の低い唇が、触れた瞬間ぴくんと反応を示すのが堪らない。その柔らかな感触に、俺は思わず大きく息を吐いて身体を震わせた。 「っ」 その熱い吐息に怯むように、本好が身体をよじる。俺はとっさに両肩に置いた手を腰の位置に移動させて、本好の細い身体を自身の身体に引き寄せた。 「な、やっ……」 本好は抗議の声を上げたが、俺はもう一度角度を変えて口付けてそれを遮る。そのまま肉付きの薄い下唇を甘噛みすると、本好が息を詰まらせる気配がした。その反応に気を良くして、俺はそれを何度も続ける。 「ふ……ぅ……」 ちゅ、ちゅ、という僅かな水音に、互いの吐息の音が混ざる。薄目を開けて本好の様子を盗み見ると、息苦しさのためか瞳をきつく閉じ、頬をほんのりと上気させた表情が目に飛び込んできた。……正直、むちゃくちゃそそる光景だ。 「……気持いの?」 唇に触れるか触れないかのところで囁くと、すぐさま本好がキッと睨みつけてくる。しかし潤んだ瞳のせいで、その視線すらも俺には扇情的に映った。 「はぁ、も、もうだめだ本好……」 ちんこ爆発する!!! ……そう叫んで俺が本好のシャツに手をかけたのと、教室のドアが開いたのはほぼ同時だった。 「あ」 「げ」 ドアを開けた人物と俺が声を上げたのもほぼ同時、そして本好が振り返り、その人物の名前を呼んだのもほぼ同時だった。 「美っちゃん!!!!」 「お、お前ら何やって……」 「助けて美っちゃん! 安田が無理やり!」 ひどく簡潔な文章で、的確にこちらを窮地に立たせる本好。 美作はその短文でこの状況を理解したらしく、微妙に憐れむような視線をこちらに向けた。 「……安田、お前女子にモテないからってとうとう野郎にまで……」 「違う!! 違わないけど違う!!!」 他の誰よりも屈辱的な相手からの憐憫に、俺は声を張り上げた。 「そういうのじゃねえよ! 言っとくけどなあ、ちゅーまでは合意の上だったんだよ! なあ本好!?」 がしっと肩を掴んで本好の顔を覗き込んだ俺はしかし、底冷えするような視線を浴びて思わず固まった。 「……義務は果たしたよ。約束通り話しかけるな」 義務。約束。 途端に先ほどの交渉の内容を思い出して、俺は愕然としてその場に膝をつく。 そうだった、そんな約束してたんだった……エロいムードになれば流せると思ってたのに!! 「大丈夫か? 本好」 「うん……ありがとう美っちゃん。やっぱり美っちゃんは俺のヒーローだね」 「よせよ、友達助けんのは当然だろ」 ……そんなやりとりを交わしながら教室を出ていく二人の背中を、俺はかける言葉を持たないまま見送った。あとに残された元気いっぱいのジュニアを持て余しつつ、俺は胸中で再戦を誓う。 あきらめねえぞ、くそ。 ……実にすみませんorz 20100914 (back) |