※藤→→→←本♀ ※暦ちゃんの一人称は「私」 ※藤がチャラい 放課後、教室で美っちゃんの部活が終わるのを待っていると、いきなり視界が暗転した。……否、肌色の生ぬるい障害物に塞がれた。 「だー……」 「言っとくけど、だーれだ、とか言ったら金輪際口きかないからね」 「……」 対象は完全に沈黙。同時に、視界を覆っていた手のひらが聞き分け良くどけられる。 「ちょっとふざけただけじゃねえか、冷てえ女」 「ならそういうのが好きな暑苦しい女子にやれば」 「なに、嫉妬?」 「死ね」 振り向きもせず間髪入れずに言い切ってやると、今度は無言で腕を回して圧し掛かられた。長い腕が椅子ごとぐるっと私を囲う。……この色ボケ男。 「ちょっと……重い、鬱陶しい」 「……どうでも良いけどお前、さっきから照れるとか慌てるとかもうちょい可愛げのある反応できねえの」 「きゃー、藤のケダモノー」 「あー良いよもう……」 せっかくリクエストに応えてやったというのに、藤はなぜかげんなりとしてそのまま私の襟首に顔をうずめた。言っておくが、何一つ良くない。硬質な髪がちくちくと首筋に刺さって不愉快だ。 「ちょっと、かゆい。ワックス付くんだけど」 「……んっとに可愛くねー」 呆れたようにむぐむぐ言いつつも、藤は私を囲う手をほどこうとはしない。くぐもった声と一緒に生ぬるい吐息と振動が肌に伝わって、私はそのこそばゆさやら気恥かしさやらに蓋をするように、ぎゅっと唇を噛んだ。 好きだと言われたから、好きじゃないと告げた。それだけ。 清々しいほどプラスマイナスゼロの、赤の他人。なのにこの男は、それでも別に良い、と続けて笑った。 そんなことは初めてで、狼狽するやら苛々するやら、これから先も好きになんかならない、だからって嫌ってもやらない、と言い渡すと、相手はまた笑って、好きにすれば、と爽やかに白い歯を見せた。 ……今思えば、そこであっさり口ごもってしまったのがいけなかったのだと思う。 それ以来、何となくまとわる手を振り払う理由を失ってしまって、今のような爛れた関係(そう言ったら爆笑された、死ねばいいのに)が続いている。 (なんで、私なの) 回された腕を邪険に振り払いながら、私はもう何度も繰り返している問いを胸中で投げかける。 女子なんて他にも腐るほどいるじゃない、ましてやこの男なら、それが決して大袈裟な表現ではないほど、選り取り見取りなのに。 ねえ。なんで、私なの。 (なんて、そんなの、死んでも口にしないけど) 「……良い加減、分かってよ」 思わずぽつんと漏らすと、 「何を」 ぐるり、と首を回して覗き込まれた。至近距離でも呆れるほど端正な顔立ちに、思わずため息が混じる。 「……私、お前の望むようにはなれないよ」 「あ? 何だそれ」 「何って、そのままの意味」 「俺が望むようって……」 そこまで言いかけて、藤は「あー、くそ」と天井を仰いだ。私を抱く手はそのまま、むしろ力がこもって、私はぎゅうぎゅうと前方に押しつぶされそうになる。 「な、ちょっと、」 「お前こそいい加減分かれよ」 抗議の声を無視して上がった声に、今度は私が首を傾げる番だった。 真意を図ろうと覗き込むと、いつのまに向けられていたのか、真摯な眼差しにぶつかる。 「なるとかなれないとか……そういうんじゃねえよ」 掠れた熱っぽい声が耳元に直接響く。唇が近い。――目が、離せない。 「お前のことがむちゃくちゃ好き、そんだけ」 馬鹿馬鹿しいほど安っぽい言葉に、不覚にも心臓がぶるりと震えた。 イン・ザ・パープル by nostalgia …色々すみません 20110530 (back) |