嘘が隠した世界に触れたなら | ナノ



御→本で若干本×御気味
※高校生パロ
※本好さまが不良です


屋上の、入口の裏手側。梯子を上った給水塔の一角で、彼はちょん、と大人しく体育座りをして中空を見上げていた。
余ってだぼついたシャツ越しにも分かる、細くて頼りのない骨格。長い黒髪が風にそよいで、ときおり嘘のように白い首筋が露わになるのに、僕は目を細める。
抜けるような青空と、黒い髪、白いシャツ、コンクリートのくすんだ灰色。僕はそれらを見るたび、毎回、どこか切り取られた絵のようだと思う。たとえば「若さ」だの「青春」だの「孤独」だの、チープで脆いタイトルが付いている、一枚の完結した絵画。
そんな思考を振り払うように頭を振って大袈裟に足を踏み出すと、靴底とコンクリートが擦れて、ざり、と鳴った。別に驚かそうと思っていたわけではないが、静閑の中に突如響いた雑音に、なぜか僕の方が慌ててしまう。
しかし、彼はというとこちらを振り向くこともなく、ちょっと首の角度を傾けただけで特に慌てた様子はなかった。ほぼ毎日のように、それも同じタイミングで訪問を続けているので、察しが付くようになったのかもしれない。
しばらく無言で佇んでいた僕は、何を言おうか必死に考えを巡らせる。もう何度も繰り返しているというのに、この最初のタイミングだけはいつだって緊張した。……下らないことだが、思考というものが表に出ない類の作業で本当に良かったと、僕は彼と対峙するたびに思う。
「何度も言うが、校則違反だ」
結局、無難にいつも通りの台詞を吐いた僕に、彼は振り向くどころか煙を吐き出すのを止めようとすらせず、
「毎回思うんだけど、それを言うならまず法律違反だよね」
と、しれっと言ってのけた。それからよいしょ、と体育座りを崩して、縁から足を伸ばしてぷらぷらと揺らす。その間も、挑発するようにのぼる紫煙。
昔なら全力で憤慨しているところだが、何度も続くやりとりのせいでもうすっかり慣れてしまった感があった。いちいち腹を立てていては話が続けられないのだ、彼とは。
「全く以て理解できない……君ほど聡明な人間が、どうしてそんな非生産的な真似を続けるんだい」
呆れて肩を落とした僕の方は相変わらず見向きもせず、本好君はぷかぷか煙をくゆらせている。銘柄は詳しくないが、風向きによってメンソールのにおいがした。
「俺からすれば」
煙を吸い込む合間を縫って、本好君が口を開く。
「その非生産的な真似とやらにかかずらう君も、お世辞にも生産的とは言えないと思うけど、ね」
そう言って、ふふ、と漏らされる悪意のある微笑。
この真綿に針を包んだような笑みが、僕は昔からひどく苦手だった。そして僕がそう思っていることを全部承知の上で、敢えてこうやって笑ってみせるのだ、この性悪は。
「良いかい……分かってもらえるまで何度でも言うが、僕はこんな形で好敵手を失いたくないんだ」
「こうてきしゅ、」
ふ、と再び漏らされる嘲笑。……くそ、やっぱり腹立たしい。
授業と授業の間、五分休みはとても短い。情けないことにいつもの僕は、こんな風に翻弄されるだけされているうちに、タイムリミットが来てするりと逃げられてしまうのが常だった。が、今日は違う。いい加減僕だって学習するし、これでも毎回、覚悟を決めて臨んでいるのだ。
「……このままこんなことを続けるなら、僕の方にも考えがある」
努めて冷静な風を装って発言すると、そこで初めて本好君がこちらを振り返った。
「へえ」と面白がる声を上げて僕の姿を捉える黒い瞳。その虹彩がちらちら光って、まるで猫のようだ。
「とうとう教師に言いつける気になったんだ。あ、それとも両親の方かな」
僕は黙ってかぶりを振る。
「どうでもいいけど、あんまりもったいぶらないでよ……最後に一本吸いたいんだ」
新しく火点けちゃったから勿体ない、と口を尖らせる彼の言葉を遮って、僕は口を開く。
「美作君たちはそれ、知っているのかい」
どこか楽しげに僕の言葉を待っていた本好君は、途端に表情を強張らせた。その、薄氷の張ったような表情を見つめながら、やっぱり彼は絵画のようだ、と僕は思う。

(――不完全のまま完結した、世界のあるじ。)

そんなことを思ったとき、計ったようなタイミングで、時限を告げるチャイムの音が響いた。
それを律儀に最後まで聞き届けてから、本好君は出しぬけにふふ、と笑みを浮かべた。何事もなかったように、つくりなおされた笑顔。
「そうか、その名前を出せばどうにかなると思ったんだ。君って、いつも可愛いくらいに無知だよね」
本好君は煙草を口に咥えたままやおら立ち上がって、数回制服をはたいた。そのままチャイムの音色を鼻歌でなぞりながら、ゆるゆるとこちらに歩み寄る。
僕はなぜか金縛りにあったように動けず、ただただ目を見開いてごくりと喉を鳴らした。本好君は咥えていた煙草を指に挟むと、さらに距離を詰めて、僕の顔をまじまじと見つめる。吐息が。煙草の匂いが。眇めた瞳の色が。本好暦という総体を成して、僕の五感に迫る。
彼はしばらくその距離のまま睫毛を瞬かせていたが、
「………へんなかお」
やがて低い声音で呟いて、僕の唇に吸いさしの煙草を乱暴にねじり込んだ。



嘘が隠した世界に触れたなら
by nostalgia


(...Thanx 3000)
20110212

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