(美本) (ひどく暗いはなし) 俺は誰かを心から愛したことがない。親族友人知人他人、凡そ人間というものに執着できない。両親にはそれなりに満足しているし美っちゃんは俺のかみさまのようなひとだけれど、それだってある日突然死んでしまったらきっと俺は泣きも笑いもしないと思う。そりゃあかなしいと思うし喪失感におそわれると思うけど、やがて俺はそういう気持ちも折衷して事象を器用に受け入れてしまうだろう。別に自慢じゃないよ、ぜんぶ我が身かわいさのためだから。つまりどういうことかって、俺は自分以外の人間を愛せないんだ。 どうしても、愛せないんだよ。 俺の独白を、美っちゃんはつらそうに顔を歪めて聞いていた。美っちゃんはやさしいから、たぶん同情を寄せてくれているんだろう。気を遣わせている。困らせている。迷惑をかけてしまっている。そんなことは火を見るより明らかだったはずなのに、後悔の念がまったくわいてこない自分がそら恐ろしかった。まるで思考と心がばらばらに乖離したようだ。ならば、と俺はどちらの機能も停止させて笑った。声を上げて笑っていたら、なぜか涙が出てきた。きっと生理的なものだろう。だっていま俺の心は動いていないはずだから。 壊れたように笑っていたら、美っちゃんの温かい身体に抱きすくめられた。 「……もういいよ」 耳元に触れる、美っちゃんのやさしい声。なにがもういいんだろう。俺にはわからない。わからない。考えられない。 笑い声はいつしか嗚咽に変わっていて、俺はこのままじゃ美っちゃんの洋服が汚れちゃうな、とぼんやり思った。 くらいくらい、ここはくらい (だれか、) by 首路 20101012 (back) |