交錯しなければ熱も生まれない | ナノ



※R-15くらい
(いかがわしい安本安)


何のためにと問うと、「俺のため」という見当違いな返答が返ってきた。
違う俺が聞きたいのはそういうのじゃなくて。

「いい、もう一回言ってやるからよく聞け。何で、俺が、お前のために毛を剃らないといけないの」
親切にも一語一語区切って言ってやると、安田はなぜか頬を染めて、「本好の口から聞くとなんかソソる」と訳のわからないことを口走った。一回死ねばいいと思う。
「いや、親戚のお姉さんから制服貰ったんだけどよ……って、あっ待って行かないで!」
「……触るなけがれる」
「いかがわしいことには使ってねぇよ! まだ!」
俺の袖を掴んで叫ぶ安田。どうでもいいけど往来でする会話じゃない。やっぱり一回死んだ方がいいと思う。
俺の胸中など知りもせず、だから、と安田は上目に俺を見た。
「お前にスカート、穿いて欲しいな、って」
「死んでも嫌だ、ていうかお前が死ね話しかけるな近寄るな」
頬を掻いて照れながら言うのが最高にむかつく。俺は纏わりつく安田をべりべりと引きはがそうとして、
「……でも美作も見たいって言ってたもん」
……とうとう引きはがせなかった。


結局、なんだかんだと言いくるめられて、俺は安田家まで連れて行かれてしまった。……最近抵抗が面倒になってきている自分が心底恐ろしい。
到着して早々風呂場に通されて、安田の指示通り、俺はバスタブの縁に腰掛ける。自分では上手く剃れないだろう云々ということで、毛を剃るのも安田に任せることになったからだ。考えてみれば一から十まで安田に任せきり、という、ひどく恐ろしい状況にいる。
俺はズボンを脱いで、下着の上にタオルをかぶせた情けない恰好のまま、足元にひざまずく安田を見下ろした。安田は俺より背が高いので、頭頂部が見えるこのアングルは珍しかった。俺はその光景に少しだけ溜飲を下げて、安田の手の動きを目で追う。
安田はシェービングクリームを手に取って泡だてたあと、俺の左足のかかとをそっと支えた。そのまま壊れ物を扱う丁重さで、くるぶしから脛、ふくらはぎ、膝裏、と、順々にクリームを塗り広げてゆく。
「……ほっせぇなー」
「うるさい。……言っとくけど変な素振り見せたら殺すからね」
「お前、それ犯人の台詞」
言いながら、安田の右手が膝から上に伸びる。左手はふくらはぎに添えられて、俺の脚は抱え込まれる形になった。そのままタオルで覆われた内腿まで指が届いて、俺は安田を睨みつける。
「……そんなところ剃らなくてもいいでしょ」
「駄目」
即答されて、俺はその気迫に圧されて抗議の言葉を呑みこんだ。屈辱だ。
そうして安田は俺の左足を余すところなくクリームまみれにしてから、ふぅ、と息をついて手を離した。用意してあった桶で手を洗ってから、やおら立ち上がる。
「泡落ちる前にまずこっちからやっちまうか。痛かったら言えよ」
「言う前に蹴飛ばす」
「………気をつけます」
安田はそう言うと尻ポケットから折り畳み式の剃刀と布巾を取り出して、刃を二、三度拭った。俺は剃刀の造形に詳しくないが、見たところかなり上等なものに見える。電気シェーバーか何かでガリガリやられると思っていたので、ちょっと意外だった。
「それ、どうしたの」
「ネットで買った」
得意げに言い放って、安田は妙なポーズを構えてみせる。
「………本当、お前って心底馬鹿だよね」
「褒めんなよ」
言葉を返すのも億劫で黙り込んだ俺にかまわず、安田は再びしゃがみ込んで、いくぞ、と一言断って剃刀を脛に宛がった。そのまま慎重に滑らせると、さり、と小気味のいい音がする。鋭利な刃が、ごく薄い泡の膜越しに肌を滑る感触に、俺は背筋がぞくりと粟立つのを感じた。
よほど集中しているらしく、安田の表情は真剣そのものだ。ときおり刃に付いたクリームを布巾で拭いつつ、少しずつ下の方へ刃を滑らせてゆく。

途端、ぶるり、と身体が震えた。

「……、気持ち悪い」
名状しがたい感覚を紛らわすように呟くと、安田ががばりと顔を上げた。
「痛かったか?」
ちがう、と顔を背けた拍子に、俺は鏡に映る自分の姿に気が付いてしまう。――あかく上気した顔と、タオル越しに緩く存在を主張する、それ。
「っ、」
信じられない思いで、俺は咄嗟に身を引いて顔を手の甲で覆う。その動きに、安田が悲鳴じみた声を上げた。
「ぅおぉぉっぶねえ!! あ、アホかお前!! 大丈夫か!? 切れてない!?」
必死で俺の脚を検分する安田。――ああもう、調子が狂う、
「……お前も下脱げ」
低く命じると、安田は動きを止めて頭の悪そうな顔をさらに頭悪く弛緩させた。が、すぐに目を見開いて鼻息を荒げる。
「もっ、本好さま大胆……!」
「うるさい馬鹿」
言い捨てて、俺は空いている右足で安田のそれを踏んでやる。
「っ!!」
すると、安田は途端にびくびくと身体を跳ねさせた。その大きな反応と、思った通りの感触に、俺はほくそ笑む。

「――いいからお前もみっともないさま晒せって言ってるんだよ、」



交錯しなければも生まれない
by 首路


…どっちもへんたい、というひどいおはなし
20101006

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