よくわらうつよがりなひと | ナノ



(本好くんと鏑木さん)
(シン→ハデ、本→美気味)


「あれ、鏑木さん」
いつものように見学者用ベンチ(お茶、クッション完備)にまっすぐ向かった俺は、意外すぎる先客に思わず声を上げた。
なんでここに、と言おうとして、俺は今日の体育が合同体育だったことを思い出す。そういえば人数が多いな、とは思っていたけれど、体育のことなんか興味がなくてすっかり忘れていた。……どおりで美っちゃんが張り切っていたはずだ。
「どうしたの、病気? 怪我?」
尋ねると、鏑木さんはうう、と呻いてから、声をひそめて俺の方ににじり寄った。
「……実は昨日、部活だったんだけどね……」
それだけで大体察しはついたけれど、一緒に包帯でぐるぐる巻きになった左手を見せられ、俺は納得して頷く。確かにその指でドッジボールをするのは難しいだろう。
「そっか、残念だね。美っちゃん、鏑木さんに雄姿を見せるって張り切ってたのに」
「私も対戦するの楽しみだったんだけどね……」
別に対戦はしたがってなかったけど、と、俺は胸中だけで呟く。
「でも、不謹慎だけどちょっと新鮮かな。私、あんまり見学ってしたことないから」
「ふうん。あんまり楽しいものじゃないと思うけど」
そうだけど……と、鏑木さんは急にそわそわと辺りを見渡しはじめた。その態度にピンと来るものがあって、俺は口を開く。
「……先生ならさっき巡回に行っちゃったからまだ当分戻ってこないと思うよ」
「えっ!?」
案の定、鏑木さんは「図星」と書かれた顔で飛び上がった。……そういえば忘れてたし興味もないけど、鏑木さんはハデス先生のことが好きなんだったっけ。その選択はちっとも理解できないけれど、俺は彼女の全体的なセンスにはひそかに一目置いている。具体的には、美っちゃんと付き合っても許せるかな、と思えるくらい。
美っちゃんは美っちゃんで鏑木さんのことはまんざらでもないようだから、いつか本当にそうなることもあるかもしれない。俺は美っちゃんが好きになった歴代の女子を全員フルネームで答えられるけれど、大体が鏑木さんのように明るくて健康的なタイプだった。
早い話、美っちゃんは俺とは真逆のタイプが好みなのだ。
「……良いなあ、本好くん」
似たようなフレーズを浮かべていた俺は、突然の発言に驚いて鏑木さんを見返した。
「何が?」と問うと、鏑木さんは完全に無意識だったらしく、いきなり顔を上げて慌てだした。
「えっ、やだ、いま口に出てた……!?」
俺はちょっと笑って頷いてみせる。他の女子が同じことをしようものなら途端にあざとくなるだろうに、彼女の場合そうならないから不思議だ。
鏑木さんはあー、うー、と言葉を探して、やがて声を低くして口を開いた。
「……あのね、他愛ない理由だから笑わないで聞いてほしいんだけど……」
「うん」
「本好くんって、その……かよわい感じじゃない? 華奢だし、色白だし、こう、守ってあげなきゃ、みたいな……そういうの、羨ましいなって思うのよ」
そう言って、鏑木さんは膝を抱えて大きくため息をついた。打ちひしがれる鏑木さんを、俺は複雑な思いで見つめる。
「……今のって、褒めたの?」
「最大級の賛辞よ」
……鏑木さんのことだから、きっと本心からそう思ってるんだろう。言ってやりたいことが無くもないけど、俺はコメントを控えた。
「それに……」と、鏑木さんは顔を膝に半分埋めたままもぐもぐと口を開く。
「そういうキャラだと、体育の時間中、ハデス先生と一緒にいられるじゃない……」
なるほど、そっちが本音か。俺は苦笑して、膝を抱えて小さくなった鏑木さんに向き直る。
「……それを言うなら、俺も鏑木さんのこと羨ましいって思うけど。素直だし、健康的だし、鏑木さんがいると場が明るくなる感じがするし」
「え、ええっ!?」
鏑木さんは勢いよく顔を上げて驚いた。その顔に今度は「意外」と大きく書いてあって、あまりの正直さに俺は思わずくつくつと笑い声を上げる。
「それにさ、美っちゃんは、昔から鏑木さんみたいなひとが好きなんだよね」
何気なくそう言うと、鏑木さんは今度はなぜか深く感銘を受けたような顔付きに変わった。大概、表情の豊かな人だ。
「本好くん……! ごめんね、私、間違ってた……!」
そう言って、なぜか瞳を潤ませて口元を手で覆う鏑木さん。謝るのはいいけど、話の展開にちっともついていけない。
「……えっと、話が見えないんだけど」
「そうよね……無いものねだりしてたらキリがないのよね! 私は私の武器で頑張らないと!」
俺の発言をきれいにスルーして、鏑木さんは拳を握って勢いよく立ち上がった。そのままうんうん、とひとしきり納得した鏑木さんは、包帯をした方とは逆の手を俺に差し伸べて微笑んでみせる。良く分からないままその手を握ると、肩が外れんばかりの勢いで引っ張って立たされた。
「お互い頑張りましょ、本好くん!」
「……だから、話が見えないんだけど」
暴走気味の鏑木さんには、もはや何を言っても無駄だった。鏑木さんは俺の手を両手で(左手は痛くないんだろうか)がっちり掴んで握手をしたあと、「私、やっぱり戻るね!」と言い残してコートの中に駆け戻って行った。……とても見学していた人間とは思えない敏捷さだ。
呆気にとられてその姿を見送っていると、「珍しいね、」と背後から聞き慣れた声がした。振り返ると、いつの間にか巡回から戻ってきたハデス先生が興味深げに立っている。
「君たち二人の組み合わせって。……何を話してたんだい?」
その難しい質問に、俺はしばし考えこむ。
「………互いの特性と、今後の抱負についてです」
かいつまんで答えると、ハデス先生が目を丸くした。



よくわらうつよがりなひと
by nostalgia


20100930
20101019 修正

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