ぼくのとなり | ナノ



安→本でラブストーリーは突然に☆(笑うところ)


「三時間目の英語さ、テスト前だからって臨時で入ったじゃん?」
「俺すっかり忘れててさー、他のクラスの奴に聞いたらみんな今日英語ないって言うんだよな」
「でさ、ワリーんだけど教科書見せてくんね? あとついでにノートも写させてほしいんだけど」
「……ちょっと安田、」
今までずっと本に目を落としてノーリアクションだった本好は、ようやく顔を上げて俺を見た。
「おっ、何なに? ああ、もちろんそれなりの礼は……」
「さっきからひとりごとがうるさい」
「……ッお前に! 話しかけてんの!! さっきから俺は!!!」
あまりの扱いに、俺は思わず倒置法で叫びながら本好に詰め寄った。
本好は露骨に顔を顰めて、
「ちょ、あんまり近づかないで」
と、本の背表紙で俺の顔をぐいぐい押しのける。いつもながら、地味に傷つく反応を返すやつだ。
「……俺だってなあ、本来なら野郎と教科書見せあいっこなんかしたくねえよ……」
「俺も貸したくないから利害が一致するね。それじゃ」
すかさず話を畳もうとする本好の腕を、俺はがしっと掴む。
「うわ、やだ安田気持ち悪い」
本好は心底不愉快そうに眉を顰めたが、俺はなりふりなんか構っていられなかった。なんたって、今回のテストには我が家のセカンド・アツコ・クライシス(第二次熱子危機)がかかっているのだ。
「しょうがねえだろ……だって女子誰も貸してくんないんだもん!!!」
血を吐く思いで告白すると、本好は一瞬憐れむような視線を俺に向けた。(屈辱だ、)そして不承不承、という風に本を置いて、すっと人差し指を立てる。
「……わかった。じゃあ、こうしよう」
そう言って、本好はなぜかその細い指を藤の席に向ける。
「安田は藤に借りなよ。藤には俺のを貸して、俺は美っちゃんに見せてもらうから」
「えっ……?」
脳内で四人の間を教科書が行ったり来たりしている間に、本好はほら解決、と言い残して再び本を広げた。しばらくして脳内の教科書が俺の手に渡ったところで、俺はようやく提案の真相に気付く。
――ていうか。
「お前そんなに俺に貸すの嫌なの!?」
「すごく嫌」
即答だった。

その後、俺は授業の直前まで必死に本好に頼み込み、最終的には英語の先生の力まで借りて、どうにか教科書を見せてもらえることになった。……もちろん、決定打は「しょうがないから見せてあげて」という先生の鶴の一声だった。
「……安田なんかの思惑が通るなんて、絶対間違ってるよ」
仲良く机を並べた横で本好が納得いかない様子で呟いたが、俺は聞こえないふりをする。何度も言うが、なりふりなんか構っていられないのだ。
「言っとくけど、邪魔したら取り上げるからね。あとノートは勝手に写して」
そう言ったきり、本好はノートを書きとるのに夢中になって、こちらに見向きもしなくなった。……相変わらず愛想のないやつだ。
テスト前だからか、教室の中はいつになく静かだった。例文を説明する先生の声と、カリカリという鉛筆の音のほか、話し声ひとつしない。俺はそれを聞くともなしに頬杖をついて、何気なく本好に視線を移す。見つめた先で、本好は瞳を伏せて黒板に書かれた例文を丁寧に書き写していた。伏せられた睫毛が、陽ざしに柔らかくけぶる。時折確認のために視線を上げるので、そのたびに艶やかな黒髪が揺れた。
きれいだ、とぼんやり思う。




………。

思ってしまってから、俺は慌てて視線を逸らしてだらだらと汗を流した。……ちょっと待て……ちょっと待て俺……今何を考えた……!?
ちがう、絶対にちがう、と胸中で繰り返し、俺は必死に息を整える。そうだ、何かの間違いだ。あるいはいつもの突発的なビョーキか何かだ。……そうに違いない!!
何度も自分に言い聞かせて、俺は確認のために再び本好に視線を戻す。すると、あろうことかこちらを怪訝そうに見つめる本好とがっつり視線がかち合ってしまった。
「……何してんの」
「なっ、なんっでもない!!!」
そんな状態のまま上げた声は、俺の意思に反して教室はおろか廊下にまで響き渡った。さらに勢いで立ち上がってしまったため、俺はクラス中の視線を一斉に浴びる。……最悪だ。
先生の叱責に何とか言い訳をして席に着くと、横から深々と溜息が聞こえた。
「……邪魔するなって言ったのに……」
恨みがましい口調に、うっ、と言葉を詰まらせる俺。謝りたいところではあったが、いかんせん本好の顔をまともに見られる気がしない。
無言のままうなだれる俺に、再び本好が溜息をつく気配がした。
「……ほら。俺もうこれ分かるから使っていいよ」
そう言って教科書とノートを差し出され、俺は思わず顔を上げた。てっきり怒り狂っていると思った本好は、つまらなそうな顔で自前の単語帳を弄っている。
「その代わりクラスの……延いては美っちゃんのために大人しくしててよね」
「もっ、本好……」

その横顔にうっかりときめいてしまった俺は、再び葛藤する羽目になってもう授業どころではなかった。



ぼくのとなり
by nostalgia


20100921

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