※本好さん(♀)と安田 ※本好さんの一人称は「私」 ※いびつな三角関係 「美っちゃんに告白されちゃった」 屋上に攫うように連れていかれたと思ったら、本好は開口一番、そんな爆弾発言を投下した。見事に直撃を食らった俺は、猛烈な早さでその言葉を反芻して他にどんな意味が捉えられるか頭を働かせたが、残念ながらその簡潔な文に他の意味が入り込む余地はなさそうだった。 「こっ、告白って……美作が、お前に……!?」 みっともなく同じ台詞を繰り返す俺に、本好はうん、と小さく頷く。 ……決定打だ。 「へ、へえー、良かったじゃん!」 俺は内心の動揺を隠して、精いっぱい幼馴染みとして祝福する振りをした。泣きたくなるのを堪え、これは進歩だ、と自分に言い聞かす。出会ったばかりの本好なら、俺にそんな報告なんかせず、事後報告プラス「なんで安田にいちいち言わなくちゃいけないの」くらいのブローは平気で打ち込んできたに違いない。 しかし、今だってジャブくらいかます気骨のある本好は、再びうん、と頷くだけで、それきり黙りこんでしまう。ショックで容量が一杯になっていた俺の頭は、ようやくその不自然さに気が付いた。 「……お前、どうした? 大丈夫か?」 問いかけると、大丈夫じゃない、と答えはすぐに返ってきた。 「大丈夫なんかじゃない……美っちゃんが私なんかを好きなんて、夢にまで見たことなのに、もう死んじゃうくらい嬉しいはずなのに、私……」 「私、逃げて、きちゃったの」 本好は、呆然として呟いた。 ……ああ。 俺は納得して、もとから白い顔をさらに蒼白にさせた本好を見つめる。 ――とうとう、来るべき時が来たのだと思った。 俺たち三人はガキの頃からの幼馴染みで、申し合わせたわけでもないのにいつもなんとなく一緒にいた。ガキ大将で面倒見がいいくせにモテない美作と、優等生でか弱い女子のくせに美作に憧れている本好、そして、俺。 俺はひそかに本好のことが好きで、本好は大っぴらに美作が好き。美作はそんな俺たち(というか、主に俺)の水面下の葛藤には毛ほども気付かず、二人を完全に親友と見なしている。そんな脆いバランスの上に成り立っている関係だったが、不思議と居心地は悪くなかった。 しかしこの関係は、言わば美作のアホほど楽天的な認識こそが支柱だったのだ。 ……そして今、俺たちはその支柱を失おうとしている。 ざあ、と強い風が吹いて、校庭の木々が一斉に揺れる。本好ははためくスカートにも乱れた髪にもまるで頓着せず、焦点の合わない視線をこちらに向けた。 「私、美っちゃんのこと大好きだよ。尊敬してるし、憧れてる。誰より美っちゃんのことを思ってる自信があるし、美っちゃんのためにできることだって、一日最低三個は考えてノートにストックしてる」 「……おう」 「でも」と、どこか上の空な様子で、本好は呟いた。 「私、美っちゃんとそういう風になることなんか、考えてもみなかった……」 俺は黙って頷いてみせる。あんなにべったりしておいてそういう考えに及ばないなんて俺には理解しかねるが、それでもその言動に嘘がないことぐらい、ずっと一緒にいれば分かる。 ……たぶん本好は、美作が好きすぎるのだ。 それこそ、自分と美作がどうこうなるのがおこがましいと思ってしまうくらい。 「……どうしよう、」 本好は、肌と同じだけ白い唇をわななかせた。 「私、美っちゃんを傷つけた……傷つけちゃったんだよ」 掠れたその声に、俺は思わず顔を上げて本好の表情を窺った。てっきり泣いているのかと思ったが、本好はいつも通り、泣いても笑ってもいなかった。ただ、瞬きすらしない瞳だけが、洞のように暗い。 俺は思わず本好に歩み寄り、薄い手のひらを握りしめた。本好は少しだけ目を瞠ったけれど、反応はそれだけだった。いつもなら邪険に振り払われるだろうに、抵抗を見せないのが逆に辛い。 「……自分を殺しちゃいたい、」 本好は何の感情も浮かばない顔で、ぽつんと呟いた。俺はそれに、手のひらを握る力を強くすることで応える。 陽が、沈む。屋上の風はさっきよりずっと冷たくなって、本好の襟ぐりから覗く白い首すじは、寒さですっかり粟立ってしまっていた。俺はカーディガンを着込んで来なかったことをひどく後悔しながら、それを黙って見つめる。……カーディガンがあれば、それを貸すのを言い訳にこいつを抱き締められるのに。 「……俺が、いるから」 呟いた言葉は風にさらわれて、ひどく空虚な響きで失速した。 枯れる季節 by nostalgia 20100919 (back) |