終わりを知っていたならば、涙を流さずに済むのでしょうか?





結局、春虎と京子の式神対決は、京子の勝利となり幕を閉じた。
式神と一緒に戦う春虎に、京子を筆頭にクラスの動揺を誘ったが、春虎はあくまでそのスタイルを貫き、思いの外あの倉橋京子を相手に善戦する。
あのアクシデント――木刀が内側から破裂する――が無かったら、勝負の結果は少し違ったものになったかもしれない。まあ、いくら優れた護法式を持っているといえど、素人の春虎が夏目に次ぐ成績を持つ京子に勝つとは思わないが。
型破りな戦い方は、クラスメイトたちにも影響を与えたようで、元来素直で接しやすい春虎に心を許したようである。人だかりの中心に春虎が嬉しそうに笑っており、それを遠くから見ている四季は自然と笑みを浮かべた。










「あの、勘解由小路…!」
「…はい?」

昼休み。今回も弁当を持ってきていた四季は教室で食べようと広げたところ、午前中の講義で先程まで伸びていた春虎が、四季が座っている席の前に立った。
春虎は何やら恥ずかしそうに頬を赤らめながら、きょろきょろと辺りを見渡した。

「じ、実は冬児から勘解由小路のこと聞いて…おれを、庇ってくれてたんだよな?」
「い、いえ、その…」

話したのですね、あの方は。
基本口が固い人ではあると思うが、何分水面下で人を踊らすのが得意というか、つくづく食えない人だと四季はため息をついた。
弁当が入った袋を広げていた手を膝において、俯き加減に言葉を発する。

「その様子では、阿刀さんから全て聞いたようですね…」
「…おれ、最初の日に勘解由小路に失礼なこと言って、勘解由小路のこと怒らせちまったんじゃないかと思ったんだ。…だからあの時、倉橋を説得してくれてありがとな!」

まるで、太陽のように笑う春虎。素直で、天然なところがクラスメイトたちの心を溶かしたのだろうと思う。
現に四季も、春虎の人柄に惹かれ、彼を信じようと思ったのだ。春虎ならきっと、京子のことも…

「わ、わたくしは何もしていません。春虎さんが頑張った結果です」
「そうかな?優しいんだな、勘解由小路って!」
「そんな、こと…」

四季、 人には優しくありなさい。その優しさが、力になる。

不意に、脳裏に言葉が過った。
もう二度と、“目覚めない”かもしれない。それでも、生きることを強制され、なお生き恥を晒している祖父。
途端目の前が真っ暗になった気がした。フラフラと揺れる視界を何とか平静に保ち、渇いた唇をなめ、弱々しく笑う。

「優しくなんか…わたくしは優しさに見返りを求めています。わたくしが優しくすれば、きっと周りの人達もわたくしに優しくしてくれるはず。そう思っているズルい人間です」

優しさは呪いだ。今でも四季は、“あの人”の優しさを忘れられないでいる。過酷な日々の中で、あの人の優しい言葉は自分にとって救いだったから。でも、あの日から自分は“独り”だ。
膝においた手を組んだり離したりとを繰り返し、ぐっ、と握る。
軽蔑、しただろうか。俯き気味になっていた顔は、完全に春虎の顔をシャットアウトした。今春虎がどんな顔をしているかわからないが、きっと四季への認識を改めた頃ではないだろうか。

「いいんじゃないかな?見返りを求めても」

存外、明るい声が返ってきて、四季は意識を春虎に戻す。
おそるおそる顔を上げると、春虎は少し困ったような笑みを浮かべていたが、表情は柔らかいものだった。

「誰だって優しくされたいさ。怒られたり冷たくされたりすんのは俺だって嫌だぜ?」

その事に、きっと夏目のことも入っているのだろう。ちらりと夏目がいる方向を見て涙ぐんだ。四季は相当苦労しているであろう春虎に向けて苦笑いをこぼす。
しかし、涙を拭いて四季に見せた表情はとても明るいもので、四季の心を暖かくさせた。

「それに、俺は勘解由小路の優しさに助けられた。だったらいいじゃん、それで!」
「…優しいですね、春虎さんは」

本当に、わたくしには勿体ないくらいの言葉です。
四季は嬉しい反面、複雑な気持ちで翡翠色の瞳を伏せた。

その後、軽く言葉を交わし、春虎は食堂に行った。どうやら、食堂のきつねうどんがお気に召さなかったようで、今度は天ぷらうどんでリベンジするようだ。まるで、うどんを千年来の敵のように話す春虎にくすりと笑みをこぼし、「いってらっしゃいませ」と見送った。

「勘解由小路さん」

今度こそ、と弁当を広げようとした瞬間、アルトの涼しげな声が鼓膜に響く。たゆたう濡れ羽色の髪は夏休み前まではしていなかったピンクのリボンで纏められている。
土御門夏目。陰陽師の名門・土御門の嫡子であり、次期当主である少年。その肩書きに違わず、クラスの中では一番の成績を誇る。決してクラスメイトたちと馴れ合うことがない彼が、勘解由小路の出身とはいえ、自分に話かけてきたことに四季は驚いた。だって、自分は彼から避けられているような気がしたから。

「あの、土御門さん?わたくしに何か…?」
「…君は、春虎に取り入って何がしたいんだ」
「え…?」

四季は一瞬、夏目が何を言っているのか分からなかった。確かに春虎は勘解由小路家を陥れた土御門の血縁だが、彼に取り入ったところで四季に、ひいては勘解由小路家にメリットはない。春虎は分家出身であり、取り入ったとしても有益な情報は得られないだろう。
もちろん、四季はそんなことーーお家のために他者を侵略することーーは微塵も思ってもいないし春虎の人柄に惹かれたのは事実だ。
春虎とは一個人として接していたに過ぎず、決して夏目が考えているようなことではない。しかし、夏目は春虎を大切に想う故なのか、はたまた土御門の格式を保つためなのかはわからないが、春虎が四季と親しくすることに難を示すようだ。

「何故、そのようなことをおっしゃるのです?わたくしは春虎さんと話していただけですが…」
「春虎は今、周りに追いつくための大事な時なんだ。君の言葉で春虎を掻き回さないでくれるか。何が望みかは知らないが、春虎の邪魔をしようなら容赦しない」
「待って、何か勘違いをしているのでは…」
「君の思わせ振りな態度が、春虎の迷惑になると言ってるんだ!」

夏目が怒鳴った事で、 ただ騒がしかったクラスが騒然となる。それに気づいた夏目は居心地が悪くなったのか、教室を去ろうとした。しかし、四季が立ち上がってそれを止めた。

「迷惑だと思っているのは、“あなた”なのでは…?」
「…何?」
「春虎さんは、確かに周りよりも遅れています。それは本当のことです。しかし、だからこそ春虎さんは周りからの協力が必要なのでは?」

堪えろ、堪えろ。そんなことを言いたいのではないでしょう。それこそ彼の気を害してしまう。
だが、四季の言葉は止まらなかった。止める術は、知っていた筈なのに。

「クラスのみなさんも、春虎さんの為なら協力を惜しみません。春虎さんは自らの弱さを分かっているのに、あなたの名家としてのプライドが、何より春虎さんのことを信じきれていないあなたが、彼の弱点を克服する可能性を潰しているのではーー」
「君に何が分かる!知ったような口を利かないでくれ!」

夏目が、爆発した。しかし、言葉とは裏腹にその表情は悲痛に満ちていた。
四季の言ったことは間違っていない。むしろ、正しかったからこそ夏目は四季を拒絶した。四季は、踏み越えてはいけない境界線を越えてしまったのだ。
不穏にざわつく教室をあとに、夏目は颯爽と廊下を駆け出した。呆然と座り込んだ四季を心配したクラスメイトたちが見えるが、四季は言葉を返す余裕はなかった。

「あんな顔を、させたかったわけではなかったのに…」









終わりを知っていたならば、涙を流さずに済むのでしょうか?






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