善悪の双児





翌日、再び倉橋京子による抗議が勃発した。
元々は担任の大友に対する文句だったが、いつしか標的は春虎へと変わり、徹底的につぶしにかかった。
京子の隣に座っていた四季はどうにか止めようと奮闘するものの、気の弱さが災いし、京子に尽く無視されてしまう。

「確かに、おれはみんなの足を引っ張ると思う。一回の講義じゃ理解はできない。悪いとは思う――けど遠慮はしない」

しかし、春虎の意志は強かった。どんなに京子に言葉で攻撃されても、春虎は自分の目的を見失うことはなく、「自分が陰陽師になることを、おれは第一に優先させてもらう」と春虎の譲れない部分を、京子を筆頭にクラス全体に見せつけた。
しばらく沈黙が続き、やがて京子の肩がふるふると震えていく。そして、鋭い目つきで春虎を見据え、厳しく言い放つ。

「……土御門春虎。悪いけど、あたし、あなたには自主退塾を勧めるわ」

流石に言いすぎだ。例え今才能がなくとも、春虎がこの陰陽塾にいることが才能を物語っているのだ。
それに、四季は昨日の春虎との対話で、彼には好感を持っていた。とても、優しい人だ。だから四季は、春虎のような人間がクラスにいてもいいと思える。

「京子さん、それは言いすぎです…!」
「四季、あんたも彼の肩を持つの?昔から気が弱くてお人好しだったけど、ここまではと思わなかったわ!」

鋭い言葉で京子はヒステリックに叫ぶ。まるで、信じていた者に裏切られたというような言い草だ。
京子から責めるような視線を向けられ、四季は返す言葉もなく、俯いてしまう。

「退塾?ここをやめろっていうのか?」
「そうよ!ここは、トップクラスの人間が集まる場所よ!あなたみたいな才能のない人は」
「そこまでだ、痴れ者!」

どこから可愛らしい声が聞こえた途端、京子の身体が逆さになった。
全体的に白い。狐のようにフサフサの耳にもこもこの尻尾。そして何より、京子に向けている短刀がその白刃を光らせている。
この小さな少女――俗に言う幼女が突然現れ、クラス全体が息を飲んだ。

「主に対しなんたる非礼の数…我が愛刀の錆にしてやる故、そこになおれ」
「なおるのはお前だ!!」

スパァン、と気持ちいい音を立て、春虎はその幼女の脳天を教科書でひっぱたいた。その際、ラグと呼ばれる式神特有のジャミングのようなブレが起こる。
この狐、式神だったのか。しかし、クラスの疑問は、何故その狐の式神が現れたのではなく、誰から見ても落ちこぼれである春虎が“護法式を所持しているのか”であった。
そしてその事実が、京子からは「無能を演じた迂遠なやり方」と捉えられ、彼女の護法式『白桜』、『黒楓』を突きつけられる原因となってしまう。
四季の視線の端では、冬児が椅子から立ち上がり、夏目がベルトのホルダーから護符を取り出そうとしているのが見えた。まずい。これでは、クラスが割れてしまう。

「お願い京子さん、落ち着いて!彼だってきっと、悪気があったわけでは…」
「だから、あんたは黙っててよ四季!!」

京子の言葉と共に、黒い夜叉、黒楓が薙刀の鋒を四季に向け、こちらには立ち入らせないと言うように四季の前に立ちふさがった。
四季が手を出せないことにより、一触即発の緊張感が漂った。だが、その重い空気は大友の仲裁で一旦止まった。

「やる気と元気は大いに結構。ここは一つ、式神勝負といこうや」










四季は陰陽塾の地下にある呪練場に向かっていた。その足取りは決して軽いものではなく、むしろ足に重石でもつけているかのようにぎこちない。
はあ、とため息をつくと、隣に誰かが並んだ。

「随分とデカいため息だな」
「…阿刀、冬児さん」

着崩した制服に太めのヘアバンド、そして誰もが目を引く美形。冬児はその美形で不敵な笑みを見せ、四季の歩幅に合わせて歩いた。
「案内してくれよ」と言われ、四季は戸惑い気味に頷く。こういう案内役は天馬の方が向いているのではないかと思ったが、冬児は四季とゆっくり話してみたかったのだと言う。
はっきり言って、四季は冬児を少し苦手としていた。先日のこともそうだが、トラブルを好む性分や、何でも見透かしているような冷たい笑みが拍車をかけていた。

「お前、倉橋と知り合いだったのか?」
「え…?」
「ほら、あいつ勘解由小路のこと“昔から気が弱くて”〜なんて言ってたからよ」

そう。それとこの探究心。冬児は陰陽塾入塾が認められたからといっても、やはり元は一般人だ。周りの誰よりも知識を増やさなければならないだろう。…この詮索は余剰だろうか。
これも、四季が冬児を苦手とする事の一つだ。

「わたしくの祖父と、彼女の祖母…つまり塾長が旧知の仲だそうで」
「勘解由小路家先代当主、勘解由小路芳季。確か、土御門夜光の一番弟子で、奴の作った帝式陰陽術を完璧に使いこなしていたとか」

そこまで調べているとは思わなかった四季は、冬児に感嘆する。
四季の祖父・芳季は現代の陰陽師の中で間違いなく最強だった。十二神将の一人であり祓魔局局長だったが、今はとある事情で現在は引退しており、祓魔局は陰陽庁長官の倉橋源司が兼任することになる。

「その通りです。祖父の伝で少し会ったことがある程度で、仲がいいわけではありません」
「その割に、倉橋の方はお前信頼してたみたいだぜ?」
「…買いかぶりすぎです」

確かに、現代の陰陽師業界を牽引する倉橋家と、土御門家と同等以上の歴史を持つ勘解由小路家が交流することは当たり前ともいえる。それに加え、業界の重鎮ともいえる両家が個人的にやり取りしているのであれば、次第に次代の者にも影響を与えるだろう。
しかし、本当にその程度なのだ。京子とは昔、祖父の付き添いで会ったことがあるだけで、個人的な付き合いなど皆無に等しい。
陰陽塾に入塾して以来、彼女は自分を気にかけてくれているようではあるが、どうしてかは、わからない。
黙ってしまう四季の隣で、冬児は一瞬怪訝な表情をしてから、またいつもの、常に何かを楽しんでいるような表情に戻る。

「まあ、それいいとして。お前は、どうして俺たちを…春虎を庇うようなことをしてくれるんだ?」

確かに不思議に思うだろう。四季が春虎と喋ったことがあるのは渋谷駅で偶然会った時と昨日の昼休みの時だけだ。
四季が春虎にどういう印象を持ったのか。というより、昨日春虎は結構失礼な事を言った。無知は罪というが、昨日の春虎の無神経さには少し呆れた。
家柄と才能が比例してないことは自分が一番知っているだろうに。
だから、今日の攻防での予想外は、四季が春虎を庇っていたということなのだ。
四季は、冬児の意図を読み取ったのか、少し俯き加減にぽつりぽつりと話し始める。

「彼は、優しい方だと思いました」

少し掠れた、優しい声で呟く。

「…まあ、確かに優しいよな」
「でも、ただ優しいだけじゃない。周りに気を使いながらも、自分の譲れない意志を示した…強い方だと。そんな強い方が、陰陽師になれないわけがないのです。わたくしは、彼を信じてみたいと思いました」

見せてもらおうじゃないか。彼の行く末を。
俯き加減で自信がなさそうだった四季の表情は、みるみるうちに清々しいものへとかえ、その顔を冬児は忘れることはないだろう。
一見気が弱くて、京子の言うとおりのお人好しだと思ったが、人を見る目はあるようだ。
ふ、と普段は見せないような気の抜けた笑みを見せた途端、冬児の顔つきは真剣なものへと変わった。

「実はもう一つ、聞きたいことがあるんだよ」

何の因果だろう。四季そう言われると、来た…と身構えその質問を待った。
丁度観覧ブースの入り口の前で冬児は止まった。

「俺があの時感じた空気、体に異物が走るような感覚。勘解由小路、お前は感じたか?」


二人を囲う空気、廊下のざわつく音が、一瞬で無音になった。







善悪の双児





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