つじつま合わせの女





――勘解由小路家とは。
勘解由小路家とは、安倍晴明の師、賀茂忠行・保憲親子の直系の子孫が束ねる陰陽師の名門である。
元は安倍家ないし土御門家と同等の力を持っていたが、江戸時代初期に土御門家に陰陽師の宗家としての地位を奪われてから、業界での評判も陥落していった。
政治が入り乱れた江戸時代後期に名を「勘解由小路」と変え、裏で細々と陰陽師としての家系は続いていた。
そして、来る昭和初期。先代当主・勘解由小路芳季が第二次世界大戦で活躍し地位の確立まで奔走したことからその業績を認められ、陰陽師の名門としての地位を取り戻す。

実はその勘解由小路芳季。あの土御門夜光の一番弟子だという。










四季は内心とても冷や冷やしていた。
昨日、ハチ公前で出会った二人の少年―土御門春虎と阿刀冬児―が四季と同じクラスに入塾した。これで志を同じくする仲間になる、とはいかず、微妙な時期に入塾したということが、クラスの殆どが不審に思う原因となった。
その筆頭が倉橋京子。陰陽師の名門倉橋家の令嬢であり、陰陽塾塾長・倉橋美代の孫である。特に、夏目との悶着は見物だった。決して、良い意味ではない。

「ねぇ、四季ちゃん」
「はい?」
「あのヘアバンの人。阿刀君、だっけ?カッコイイね」

隣に座るクラスメート少しウキウキした様子で話しかけてきた。流石、女子。怪しいことは自覚しているが、“それ”と“これ”とは別らしい。
四季は色恋沙汰には滅法疎いので、「そ、そうですね。カッコイイと、思います」と返事を濁した。

(阿刀、冬児……)

昨日の感覚、忘れはしない。体中に何かが侵入したような、あまり良くない“気”
が。呪いの類か、それとも、自分と同じ霊的な何かを飼っているのか。
すると、四季の熱い(?)視線に気づいたのか、冬児がこちらを向いた。四季は一瞬ドキ、とするが、昨日四季を睨んだ顔とは打って変わって、ニヤリとどこか冷めた笑みを浮かべていた。

「い、今こっち見たよ四季ちゃん!」

「きゃー!!」と興奮する彼女に四季はハッ、と我に返る。肩を揺らしてくる彼女に苦笑して、ずれそうになる帽子をおさえながら、また言葉を濁して返事をするのだった。










午後の講義が終わって、四季はお昼を取ろうとしていた。塾生の殆どは大抵食堂で食事を取り、四季も誘われたのだが、生憎今日に限って弁当を持参していたので丁重に断りを入れた。
元々他人が作った食べ物は余り好きではないのだが、体裁というのもあるし、何しろ寮暮らしの身で他人が作った物を食べないということはできないので、週に二、三度、寮の調理場を借りて自分で作っている。ちなみに、料理は得意な方である。

「四季さん、一緒にいいかな?」
「はい。どうぞ、天馬さん」

彼、百枝天馬は四季の友人の一人だ。痩せ気味な体躯の眼鏡をかけた穏やかそうな少年で、一見大人しい雰囲気を醸し出すが、実は天然でノリが良かったりする。
好奇心も強いらしく、四季が勘解由小路の令嬢だと知った時は詰め寄られたりしたが、至って好感が持てる少年だと四季は思っている。

「それにしても、びっくりしたね。こんな時期に入塾した人がいるなんて――」
「よ。さっきはどーも」

天馬がそう言いながら弁当箱のフタを開けたところで、気さくに話しかけられた。
着崩した陰陽塾の制服に太めのヘアバンド。話の意中の人物、阿刀冬児が天馬の隣に座る。

「ちょっと、クラスのこととか教えてくれないか?えっと…」
「あ、はい。百枝です。百枝天馬――」
「天馬か、覚えやすい名前だな。アンタは…勘解由小路四季だろ。昨日ぶりだな」
「ええ…またお会い出来て、嬉しいです」

至って人好きのするような笑みに四季は戸惑った。天馬の方も、転入生の片割れに話しかけられて、大分狼狽しているようだった。

「おれも…いいかな?」
「うわぁ?!」

そこに春虎が加わり、天馬は冬児が来たときよりも驚いて声を上げた。予想はしていたが、そんなにビビられるとも思っていなかったので、春虎は慌てて天馬に弁解をする。
四季はというと、多少なりとも驚いてはいるようだが、特に気にする様子はない。二人のやり取りを静観していた。

「そう固くなるなよ。…田舎で陰陽師が暴れた事件あったろ?俺たち、あれに巻き込まれてさ」

冬児の話は、塾生の間でも有名な話だった。ニュースでも放映され、夏の話題の一つとして持ち上がっていた。
何でも、事件を起こしたのが陰陽庁のお偉いさんの関係者で、元々一般人だった春虎と冬児はより確実な口止めとして、陰陽塾入塾の許可が出たらしい。
少々陰陽塾の裏の部分も垣間見えた気がしたが、その説明を聞いて四季は納得した。いかに春虎が土御門の人間と言えど家名だけで陰陽塾には入れないし、冬児に至っては陰陽師の家系とは関わりのない一般人だ。

「そんな事情が…大変だったんだね」
「まさか、陰陽庁の上層が関係者だったなんて…いいんですか?わたくし達に話してしまって…」
「まあ、然程大した話じゃないさ。それでさ。今朝の女、『倉橋』なんだって?」

どうやら冬児は、今朝夏目と凄まじい争いを繰り広げた女生徒、倉橋京子が気になっていたようだ。
倉橋といえば名門中の名門であるし、京子の父は現陰陽庁長官を務めており、“そちら”での顔も広い。しかし、歴史的な家の格は土御門の方が上であるため、京子は夏目をライバル視している、というのが天馬の見解だった。

「多分、護法式を持ってるのも、あの二人だけじゃないかな?」
「へぇ。勘解由小路は持ってないのか?護法式」
「え?」

自分の出る幕はなさそうだと思い、天馬には悪いが先に弁当を食べていた四季は、冬児から突然話を振られてすこし動揺し、一呼吸おいた。

「…残念ながら、わたくしは護法式の扱いには長けてないのです」
「でも、勘解由小路家って名門なんだよな?」

春虎がきょとん、とした顔で訪ねた。彼は土御門出身と言っても分家筋の人間らしく、今まで陰陽師の世界とはかけ離れた場所で生きていたため、こういう話には疎いらしい。
こちらの世界では初歩的なことではあるが、四季は嫌がらずに丁寧に答えた。

「名門と言っても、倉橋には劣ります。一度陥落した地位を取り戻したのも、第二次世界大戦終戦の時でしたし…皆さんが思うほど勘解由小路家はすごい家ではないのですよ」
「あ、でも四季さんも夏目君と倉橋さんに次いで成績優秀なんだよ?人造式の扱いだってクラスの中では飛び抜けてるし…」

天馬が慌ててフォローをするが、余り効果は無かったようで、四季は眉をハの字に曲げて苦し紛れに笑い、弁当箱を片し始める。

「わたくしはあくまで次子ですので、護法の面で才能はなかったようです。…これからも是非、仲良くしてくださいね」

渋谷で初めて春虎と冬児と出会った時のように、四季はいそいそと立ち去った。
春虎は、「おれ、何か悪いこと言っちゃったかな…?」と申し訳なさそうにするのが聞こえたが、気にせず教室を出た。もちろん、冬児が四季を見つつ、何かを考えている様子にも気がつくはずがなかった。

悪いことなんて言われてない。護法式が使えないなんて言われたら、聞きたくなるのは当たり前だ。
嘘はついてない。実際召喚する形での護法式は使えないのだ。全て、四季のうちにいる“モノ”が焼き殺してしまうから。
無意識に、帽子から出ている髪の毛を撫でた。






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