世界を慈しんだバケモノ





人間なんて、本当お馬鹿な存在だと思うわ。自らの利益のためなら、どんなに汚い手だって使う。他人を汚すことだって厭わない。どうしてこんな下等な奴らに使役されなきゃならないのかしら。
それに比べて、あなたは可愛いわ、四季。人間は嫌いだけど、あなたと芳季は本当に面白い人間よ。今までたくさんの人間に使役されてきたけど、あなた達程素敵な人達はいなかったわ。

「お祖父様、夏期休暇が終わって、明日からまた講義に入ります」

薄暗い地下室。その部屋には、無数の呪符が張り巡らされている。その中心にいる、あなたと芳季。でも、芳季には四季の声が聞こえてないわ。

「次に会えるのは、冬期休暇になりますね。勘解由小路の名に恥じぬよう、しっかりと学んで参ります」

とつとつと、か細い声で芳季に話しかけるあなた。返事がないとわかっているのに、あなたは懲りずに話し続ける。

「では、失礼します。お祖父様」

声をかけられることはない。労いの言葉も、励ましの言葉もない。悲しいなんて思ってないのよ。寂しいとは思っているけどね。
そして、あなたはその赤い髪を隠すように帽子をかぶる。鳳凰の生成りである証。四季、あなたはいつまでそれを隠して生きていくつもりなのかしらね。
まあ、私は面白いからいいけど。












勘解由小路家宗家は浅草にあるの。だから、電車でいけば渋谷まですぐ着いちゃうのよ。全く便利な世の中になったものね。
ハチ公前での待ち合わせは定番。数百人の人間―仕事の同僚だったり、友達、果ては恋人―が入り乱れるで嫌になるわ。でも若いっていいわね。四季はなんてことない顔をしている。ただ少し暑さで少し汗が滲んでるくらい。

「あれ…土御門さん?」

カバンからハンカチを取ろうとして視線をずらした時に見えたのね。陰陽塾の中でも飛び抜けて優秀な小娘――土御門夏目がいたの。
ああ、小娘といってもしきたりだかなんだかで普段は男装をしているわ。“気”が違うからみんな男だと思ってるけど、私にかかれば造作もないわよ。

「…勘解由小路さん?」
「やっぱり、土御門さん。もう塾に戻っていたんですね」

声をかけられて、土御門の小娘も気づいたみたい。若干口角がひくついてるの、隠せてないわよ。
小娘の後ろには、二人の男がいた。一人は良く言えば活発そう、悪く言えば馬鹿っぽい子と、頭に太めのヘアバンドを巻いた美形が四季たちを見ている。

「夏目、知り合いか?」
「あ、ああ。陰陽塾で同期の勘解由小路四季さん。勘解由小路家のご令嬢だよ」
「あぁ。あの賀茂家の直系の家系か」

よく勉強してるわね。勘解由小路家は有名だけど、知名度は倉橋や若杉に劣るから。

「勘解由小路四季と申します。土御門さんには良くして頂いています」
「夏目、友達いたんだな」
「ただのクラスメイトだけど…優秀な人では、ある」

ふうん。小娘にとって、あなたは有益な人のようよ。その割には、あなたを苦手にしているようね。
人付き合いが得意な方ではなさそうだからあなたの優しさに戸惑っているのよ。小娘にしては可愛いところもあるじゃない?

「とにかく、陰陽塾じゃ二人とも後輩だからなっ!覚悟しとけよ!」

小娘はそう吐き捨てて、髪の毛を翻して、雑踏の中をずんずんと進み始めた。
その場に残った三人の間には気まずい空気が流れてる。そりゃそうでしょうね。小娘にあんな捨て台詞吐かれるわ、初対面で置いてけぼりにされてもね。
そしたら、小娘に友達いたんだなって言った馬鹿面の小僧が頬を掻きながら、四季とヘアバンドの小僧に気を使うように話しかけた。

「……どうしたんだ、あいつ。悪いな、いつもはあんなやつじゃないんだけどな」
「いや。あんなもんだったぜ」
「…あなた方は、土御門さんとお知り合いなんですか?」
「あ、ごめん。紹介が遅れたな。おれは土御門春虎。…一応、夏目の親戚だ」
「阿刀冬児だ。俺は今日“初めて”だけどな。よろしく」

なるほど。馬鹿面の方は小娘の親戚だったのね。通りで親しい間柄なわけだわ。それから、阿刀とかいう美形の小僧。聞いたことがない名前ね。一般の家系かしらね。
四季が土御門の小僧と握手をしたあと、阿刀の小僧とも手を交わした。

その瞬間、脳に直接風が吹き抜けた感覚がした。悪寒といっても差し支えない、体の中を違和感が駆け巡る感覚。それは、阿刀の小僧も同じようで、四季はその感覚から逃げるように手を離した。

「おい、どうしたんだよ。二人とも」
「…いや、何でもない。俺なんかが勘解由小路の令嬢と握手なんて、おこがましいと思っただけだ」
「そ、そんな。気にしなくていいのに…」

明らか警戒してるわね。この小僧も、あなたと同じみたいよ。しかも私のような存在ではなく、もっと禍々しいモノよ。

「これからよろしくお願いしますね。土御門春虎さん、阿刀冬児さん」

落ち着きのない様子でお辞儀をした四季は、いそいそと二人から離れた。阿刀の小僧はジッとあなたを睨んでいるわ。
難儀なものね、四季。同族嫌悪というものかしら。自分と同じような存在を見つけると、まるで自分自身を見てるような感覚になるものね。











陰陽塾の女子寮についた瞬間、四季は疲れがたまっていたのか、すぐに寝たわ。無理もないわね。長旅ではないとは言え、あんな禍々しいモノに触れてしまったのだから。
課題は済ませてあるようだし、今日はこのまま寝かせておくわ。

…とはいえ、四季には悪いけど、私は今、とても楽しいわ。わくわくしてるというのかしら。だって、土御門の小娘に小僧、それからあの“ヤバイ”小僧。面白いじゃない。人間の世界も捨てたもんじゃないわね。
私はあくまで四季の味方よ。四季が望むなら、私は四季の言うことに従う。…でもね、こんなに楽しい気分になったのは何年ぶりかしら。

ああ、このクソッタレな世界に幸あれ。とでも言っておくわ。







世界を慈しんだバケモノ





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