「古代都市マテール」
今はもう無人化したこの町に、亡霊が棲んでいる――
亡霊はかつてのマテールの住人。
町を捨て移住していった仲間達を怨み、その顔は恐ろしく醜やか。

孤独を癒すため、町に近づいた子供を引きずり込むと云う。

――以上がマテールに纏わる伝説である。









某国某所。黒の教団のエクソシストたちとファインダーの一人は線路の真上を、建物を伝いながら移動していた。

「あの、ちょっと一つ分かんないことがあるんですけど…」
「それより今は汽車だ!!」

もう汽車はホームから出発している。任務の概要が記されている書類を手にアレンは疑問を投げかけようとするが、神田に一蹴されてしまう。
我らが科学班室長コムイ・リーの居眠りのおかげで、乗る予定だった汽車がエリザベッタ達が駅のホームに到着する前に発車してしまったのだ。この汽車を逃してしまえば彼らはしばらく足止めを食らうことになる。一刻も争う時にそれだけは避けたい。

「お急ぎください。汽車がまいりました」
「でええっ!?これに乗るんですか!」

汽車は燃料を吹かし、停まることを知らない。石炭の臭いをさせた煙を身体に浴びながら、エクソシスト達はその場から飛び降り、汽車の上に一斉に倒れ込んだ。

「と、飛び乗り乗車...」
「いつものことでございます」
「足滑らなくてよかった...」

倒れた体勢のまま心底安心したように呟くエリザベッタ。実はアレンが黒の教団の門を叩いた時も足を滑らせて上空から登場するという前科持ちであるから、 エリザベッタ以外の三人は洒落にならない、と肝を冷やした。



エクソシストのコートの胸部分にあるローズクロスは、ヴァチカンの名においてあらゆる場所の入場が認められている。汽車の上級車両やホテルの部屋を用意させることが出来る他に任務に関わることであれば刑務所など機密とされている場所にも入場することも出来る。
汽車の屋根から現れたエリザベッタ達黒の教団員は慌てた様子の駅員の男性にローズクロスを提示した。黒の教団の名を聞き、神田のコートにあるローズクロスを確認した駅員は態度を変えてすぐに部屋を用意すると急いで離れていった。
ローズクロスは上流階級の人物であるほど象徴としての効果を増す。アレンは感心していると優しい笑みを見せるエリザベッタが言う。

「便利だよねー色んな場所に行けるんだもの。それほどヴァチカンの力が強いって事ね」
「無駄口を叩くな、行くぞ」
「あ、はーい......」

部屋が用意されたらしく、駅員に案内される神田に促されエリザベッタも彼らについて行った。
残されたアレンとファインダーである人物はようやく最初の挨拶を交わし合う。

「私は今回、マテールまでお供するファインダーのトマ。ヨロシクお願いいたします」





汽車の上級車両の一室。さすが各国の金持ちや要人などの上流階級の人々が乗る部屋は素材まで一流である。その部屋にいるのはトマを除くエクソシスト達だ。部屋に入る前にアレンとエリザベッタはトマを招いたが、自分はファインダーだから、と入ることはなかった。

「アレンは今まで上級車両乗ったことある?」
「はい、何回か。師匠のおこぼれで...でもお金がかかるので僕はほとんど一般車両に乗ってたんですけどね」
「クロス元帥、一般車両に乗らなそうだもんね」

アレンの斜め前に座るエリザベッタがにこやかに尋ねてきた。初任務前でアレンに気を使っているのだろう。その質問にアレンも(クロス元帥の話題になるからか)多少げんなりしながらも快く答えた。
思えばエリザベッタはアレンの入団初日や食堂にいた時も親身になってくれて、今回の任務でもアレンへのサポートを惜しまないようだ。黒の教団本部から出発する前にエリザベッタから「初めてでわからないことがあるかもしれないけど、頑張ろうね」と言ってくれたことが今でも頭の中にある。一方神田は、アレンとエリザベッタの間の会話を一切無視している。全く興味が無いようだ。


「で、さっきの質問なんですけど」

エリザベッタとの一息ついた後、窓側に座る神田とその隣に座るエリザベッタに、神田の目の前に座っているアレンが質問する。

「何でこの奇怪伝説とイノセンスが関係あるんですか?」
「……チッ」

本来、神田は他人と関わることを嫌う性分だ。だから心底面倒くさかったのだろう。隠すことなく舌打ちを大きくこぼし、「イノセンスってのはだな...」と渋々話す。アレンは心の中で、あ、今舌打ちした...と漏れでる負のオーラを感じ取った。
神田の隣に静かに座っているエリザベッタは話に挟む気がないようで、ニコニコと笑って資料を眺めているだけだ。

「大洪水――ノア――から現代までの間に様々な“状態”に変化しているケースが多いんだ。初めは地下海底に沈んでたんだろうが...その結晶の不思議な力が導くのか、人間に発見され色々な姿形になって存在していることがある」

それらは必ず奇怪現象を起こすのだ。何故起こすのかは教団でも結論は出ていない。

「じゃあ、この『マテールの亡霊』はイノセンスが原因かもしれないってこと?」
「ああ。“奇怪のある場所にイノセンスがある。”だから教団は、そういう場所を虱潰しに調べて可能性が高いと判断したら俺達を回すんだ」

イノセンスの殆どは奇怪現象の原因となる結晶だ。だがその一部にアレン、神田、そしてエリザベッタのような適合者を見つけ、対アクマ武器となるのだから。
すると今まで黙っていたエリザベッタは資料を見たままゆったりとした口調で話す。

「アクマに唯一対抗できるのが対アクマ武器、その元となるイノセンス。だから私達はイノセンスを回収して、適合者を見つけないといけないんだって」

「慢性的な人手不足だからね」と少し切なそうな表情で言うエリザベッタ。アレンがその意味を知るのはもうすぐである。

そして、ここでアレンの頭に浮かんだのは、マテールの亡霊の正体。神田の話ではイノセンス奇怪現象を起こす存在である。イノセンスが幻を見せているとでも言うのだろうか。再び資料に目を通すとある場所にその疑問の答えと写真があった。

「!」
「これは...」
「そうでございます」

資料を凝視している一同に鶴の一声。トマが扉の外から話しかけてくる。

「トマも今回調査の一員でしたので、この目で見ております」

マテールの亡霊の正体は......









岩と乾燥の中で劣悪な生活をしていたマテールは、「神に見離された地」と呼ばれていた。
その絶望に生きる民達はそれを忘れるために、人形を造ったのである――踊りを舞い、歌を奏でる快楽人形を

――だが結局、人々は人形に飽き、外の世界に移住。置いて行かれた人形はそれでもなお、動き続けた。

五百年経った現在でも......




空には月が昇り、日が変わろうとしている。
都会から離れたこの地に、月明り以外の光は入ってこない。エリザベッタ達は暗闇の中を駆け抜けていた。

「まさか、マテールの亡霊がただの人形だったなんて...」

資料に載っていたのは、マテールの亡霊について伝わっている地元のお伽噺とその人形らしき者二人が写っている写真。アレンはそのページを思い出し、困惑の表情を浮かべる。
アレンの言葉にエリザベッタは特に表情を作らず、少し早口で答える。

「イノセンスを使って造られたのなら、ありえない話じゃないわ。生命を創造する、神の力なら」

途端、肌に直接感じるピリピリとした空気。丁度崖の下、マテールの街が見える所まで来ていた。
漂うのは冷たい感触と、殺気。エリザベッタと神田にとっては慣れたものだが、アレンは冷や汗を流し、ファインダーの人達の安否を心配していた。しかし、神田の鋭い一言で考えを遮られる。

「チッ。トマの無線が通じねぇから急いでみれば、殺られたな」

特に気にすることではない、というふうに淡々と告げる神田と表情を曇らせるものの、その気持ちを言葉にしないエリザベッタ。二人は明らかに戦場を幾つも切り抜けてきたことを物語っていた。
神田の言葉に戦慄した様子のアレンに、神田は「おい、お前」とアレンを呼び、彼を突き落とすかのようなことを言う。

「始まる前に言っとく。お前が敵に殺されそうになっても、任務遂行に邪魔だと判断したら、俺はお前を見殺しにするぜ!」
「ちょっと、神田!」
「戦争に犠牲は当然だからな。変な仲間意識は持つなよ」
「……嫌な言い方」

容赦ない、厳しい言葉がアレンを襲う。しかし、存外平気そうに返事をした。アレンはもう戦場を向いている。

(アレンは、強い子なんだわ)

初めて戦場へ赴くエクソシストやファインダーら、大体恐怖でしばらくは動けない。エクソシストはある程度の戦闘訓練を受けているため、任務が終わった頃にはある程度ぴんぴんしているが、十分な訓練を受けていないファインダーは任務が終わっても呆けていることがほとんどだ。
エリザベッタの妹分のリナリーは初任務の時が随分幼かったから、アクマを葬った後も恐怖からしばらく泣いていた。対してアレンも当時のリナリーよりは年上で、クロス・マリアンの弟子であることを除けば、エリザベッタより3歳年下の15歳の少年である。一体、彼をここまで強くした過去とは……

「どんどん撃ってーーーー!」

エリザベッタの思考を遮ったのはアクマのマシンガンによる攻撃とそれを指示する声。崖から街の方を除くと、高く砂煙が上がった。
目に見えるのは結界装置で守られている二つの人影と、周りに転がっているたくさんの白服の仲間達。そのうち、まだ息がある一人がピエロのような姿をしたアクマらしきやつに顔を踏まれていた。

「ダメだっ!!」
「アレン!無闇に飛び出しては……!!」

アレンには耐えられなかった。目の前で誰かを失くすことを。
エリザベッタの注意も聞かず、アレンはアクマの元へ飛び出してしまった。あのアクマは卵型のレベル1ではなく、様々な能力を持ったレベル2。あの躊躇いなく飛び出した様子を見ると……

「まさか、アレン、レベル2の存在を知らないんじゃ……」
「俺達も行くぞ」
「うん…!」

アレンとアクマの交戦を横目に、エリザベッタは神田と共に街へ降りた。









戦場モラトリアム

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