ヨーロッパ北部にある黒の教団。断崖にそびえ立つこと、何より、夜中というのが原因だろう。中はとても肌寒い。
エリザベッタ・リカタは図書室で、様々な種類の童話を読んでいた。18歳になった今でも、童話はよく読む。グリム童話はもちろん、アラビアの千夜一夜物語やアンデルセン童話、そして、故郷イタリアの昔話も。
読み終わった本を本棚に戻すと、キーンとスピーカーからノイズ音が聞こえ、警報が図書室に広がった。

『こいつアウトォォオオ!!!』
「えぇ?」

スピーカーから聞こえたのは門番の荒ぶった声。まるで、スピーカーを突き抜けるかのようだ。
門番アレスティーナは伯爵側のモノ、つまり、アクマが人に化けたまま教団内に入出することを避けるために、身体検査を行う。
アクマとは、千年伯爵が『機械』、『魂』そして『悲劇』を材料に造られた悪性兵器AKUMAのことだ。元は人間だったアクマたちは千年伯爵の命令に縛られている。彼らを唯一倒せるのがイノセンスとその適合者であるエクソシストである。

アレスティーナが『アウト』と判断した。すなわち。

「こいつバグだ!額のペンタクルに呪われてやがる!アウトだアウト!!」

教団内部にアクマが現れたということ。

(命知らずね)

わざわざ敵地に足を踏み入れるなんて。現時点でこの教団にいるエクソシストはエリザベッタを入れて三人。後は皆任務に出向いているが、三人もいれば十分だろう。

「あ、神田は怪我してるから二人かな?」

つい先ほど、血だらけの団服を纏ってドイツから帰還した同じエクソシストの神田ユウ。開口一番、血みどろの神田に会いぎょっとしたが、彼はそのまま部屋に戻ってしまった。(同行していたファインダーがすぐに神田を追いかけたが)
なので、実質、今動けるエクソシストはエリザベッタとリナリー・リーだけだ。珍しいとされる女性のエクソシストだが、エリザベッタもリナリーも、幼少の頃から教団に所属しているので、たった一匹のアクマに遅れを取らない。

「さて、行こうかな」

エリザベッタは机に置いていた自身のイノセンスを手にとった。赤い石が埋め込まれている十字架型の筒、ではなく剣の柄。刃はない。

教団のやけに広い、馬車が通れそうな廊下を駆けていく。すれ違う団員からは「エリザベッタ、アクマの討伐か?」「大事なところで転ぶんじゃないぞー!」とからかわれ、分かってるー!!と半ば投げやり気味に答え、再び走ることに集中した。

「でも、走ってたら切りないわ」

そう呟いて、エリザベッタは一度立ち止まった。あたりを見渡し、格子に区切られた窓に駆け寄り、その窓枠に足をかけた。そして、華麗に窓から飛び降りた…と思いきや。

「え、うそっ!」

持ち前のドジっ子ぶりをここで発動し、足首をひねり、窓枠から滑り落ちてしまった。









「ふん…まあいい。中身を見ればわかることだ」

神田は、門で白髪の少年の姿をした侵入者と対峙していた。体に包帯を巻き、いかにも怪我人という雰囲気を醸し出しているが、本人はピンピンしていて、とても怪我をしているようには見えなかった。
侵入者の少年のその左腕は、鋼鉄の鉤爪に変化していた。本人曰く、「対アクマ武器」であるそうだが。
ザッと自らの刀型の対アクマ武器、「六幻」を構え、少年に斬りかかった、が。

「どいてぇー!!」

ソプラノの効いた叫び声が頭上から聞こえた。しめ縄のような金色の長い三つ編みの髪の毛を靡(なび)かせ、神田と同じ黒い服を纏った少女、エリザベッタがこちらに急降下してくるではないか。
侵入者、アレン・ウォーカーは突然の―それも殺伐とした空気での―ことで固まってしまっている。
神田は猛スピードで落ちてくる同僚を見て、ちっ、と鋭く舌打ちをし、六幻を鞘に仕舞う。そして、素早く少女が落ちていく方向へと向かい、難なくその腕で彼女を受け止めた。

「あれ…私浮いてる?」
「浮いてねぇよ馬鹿エリザ!」

きょとん、とした顔をしてボケをかますエリザベッタ。
敵の目の前であるにもかかわらず、天然を炸裂させるエリザベッタに悪態をつきながらも、神田は優しく地面に下ろした。

「お前、なんで落ちてきたんだよ」
「落ちたんじゃないよ!窓枠に足掛けたら滑ったの!」
「結局落ちたんだろうが!!」

漫才のようにテンポの良い会話を繰り広げられる。若干、アレン、門番、そしてモニターでこちらを見ている科学班の面々が「お前ら何やってんだよ…」と冷や汗を流したのは言うまでもない。

「だって、アクマが侵入したっていうし、エレベーターでいくより速いかなって…」

少女はルビーのように赤い瞳を泳がせ、イノセンスを握りしめる。まるで、親に叱られた子供のようだ。
落ち込んだエリザベッタを横目に見て、神田は「はあ…」と息をつく。

「お前が出てこなくても俺はやれる」
「でも、神田怪我してるんじゃ…」
「もう治ってる。だから…」

す、とエリザベッタを背に隠すと自分のイノセンスを鞘から抜いた。白光が刀を走り、力を宿らせる。そして、剣を後ろ手に構え、再び目の前の白髪少年にその刃を向けた。
エリザベッタの一連の騒動で忘れていた。そう、自分は侵入者として攻撃されていたのだ。
すぐさま意識を目の前の神田に戻し、アレンは神田の一閃で傷を負い元の姿に戻った左手を顔の前に持っていき、止めるように叫ぶ。

「お前の手はいらねえよ」
「待って、ホント待って!僕はホントに敵じゃないですって!クロス師匠から紹介状が送られてるはずです!!」

クロス師匠。きっと、4年前から音信不通のクロス・マリアン元帥その人。
その名前を聞くと、神田はピタッと刀を止めた。――アレンの眉間に切っ先をむけて。

「元帥から…」
「招待状…?」
「そう、紹介状…コムイって人宛てに」

頭の中に亀裂が入った気がした。見えもしない我が黒の教団室長の顔を思い浮かべながら、ゴーレムを見てみる。
実際に、向こうでは科学班の誰しもが口元のコーヒーを吹いているコムイを見ている。まさか、クロスからコムイ宛てに紹介状が来ているとは思わなんだ。
しかし、彼の机は山積みになっている大量の書類(しかも提出間近のもの)に、クモの巣までかかっている。探す気も失せるであろう。

『そこの君!僕の机調べて!』
『え、アレをっスか…』

ゴーレムから洩れている会話を聞く限り、コムイが科学班の班員をコキ使ったのだろう。
しかし、愛しの妹のリナリーと、信頼する部下リーバーの呆れた声に、コムイは態度を翻し、一緒に探し始めた。

『あった!ありましたぁ!!クロス元帥からの紹介状です!』
『読んで!』

“コムイへ。近々、アレンというガキをそっちに送るので、ヨロシクな。BYクロス”

その文を聞いた瞬間、この場にいた皆は同じことを思った。“こんなことがまたあれば、まずコムイ室長を疑え”と。

『神田、攻撃を止めろ!』
「なんだ、アクマじゃないんだ。びっくりした。神田、イノセンスしまっ…」

て。
そう言おうとした途端、エリザベッタの言葉が止まった。
神田は、攻撃を止めるどころか、さらにアレンに詰め寄った。もちろん、切っ先を向けたまま。

「ちょ、待って神田!もう攻撃しなくていいんだよ!」
「うるせェ」
「神田!!」

六幻を持っている手を引いて止めるが、いかんせん、男子と女子の差で、エリザベッタが押されている。
とにかく、止めなければ。彼に入場許可が出来たからといって、それに素直に従う神田ではない。下手をすれば、神田は確実に…殺る。

「神田っ」
『待って待って神田くん』

腰のホルダーに掛けている自身のイノセンスに触れようとすると、傍にいるゴーレムから、陽気な声が聞こえた。

「コムイ室長…」
「コムイか…どういうことだ」
『ごめんね――早トチリ!その子クロス元帥の弟子だった』

ほら、謝ってリーバー班長、とコムイは、いかにも自分の所為じゃないと言うふうな態度を見せる。無論、この騒動はコムイの所為である。

『ティムキャンピーがついてるのが何よりの証拠だよ。彼は、僕らの仲間だ』

くるくると、天使の翼のようなものが生えた、黄色いゴーレムが飛んでいる。しかし、納得のいかない神田は、無線ゴーレムを睨みつけた。
エリザベッタは、今度こそ制裁に入ろうとするが、ぱこっ、という可愛らしい音で、その考えはあえなく終えた。

「も――。やめなさいって言ってるでしょ!早く入らないと、門閉めちゃうわよ」

神田を止めたのは、同じエクソシストであり、エリザベッタと神田の幼なじみ、リナリー・リーだった。はためくミニスカートの団服に黒いツインテールが魅力的の少女だ。
突然のリナリーの登場に、目を見開くアレンと神田。そして、自分じゃ神田を止められそうになく、エリザベッタは思わずホッとした。そんな三人を、リナリーは大きな瞳で見つめ、門を指さし、言うのだ。

「入んなさい!」




「私は室長助手のリナリー。室長の所まで案内するわね」
「よろしく」

門が閉まり、建物に入ると、リナリーの涼やかな声がロビーに響いた。
すると、入った瞬間、神田はくるりと方向転換をし、エリザベッタたちから離れていく。

「あ、カンダ……って名前でしたよね…?」

無事、入城を許可されたアレンは、咄嗟に神田を呼びつけた、が、ギラッと鋭く睨まれたため、語尾が濁ってしまう。
しかし、挨拶はすべきだろうと、「よろしく」と手を差し出すと、神田はその手を、そしてアレンの顔を見て、心底無愛想に喋る。

「呪われた奴と握手なんかするかよ」
「(差別だ…)」
「神田、その発言は差別だよ。彼に謝って!」
「うるせェ」

ショックを受け、わなわなと震えるアレンの心の中を弁解するように言ったエリザベッタの言葉を一蹴し、黒き剣士は、身を翻し奥に消えていった。

「ごめんね。任務から戻ったばかりで気が立ってるの」

リナリーはそう言うが、神田のあの態度は今に始まったことではないだろう。神田は何かとリナリーには逆らえないので、こういう場面をあまり見ないだけなのだ。

まあ、今更あの性格は治らないだろうと、さして気にも止めず、エリザベッタは、アレンをじぃっと見つめる。自分より年下であろう少年は、混じり気のない白髪のせいか、それとも彼の雰囲気か、少し大人びて見える。
すると、アレンは、エリザベッタが自分をじろじろ見ているのに気づき、「あの…」と言いづらそうに呟いた。

「あ、ごめんなさい。嫌だった?」
「いえ、そうではなくて……どこかで会ったことありませんか?」

話した瞬間、アレンは目の前のエリザベッタがきょとん、としたのが分かった。
まずい。自分でも、なんでこんなことを言ったのかわからないが、女性に向かっていうなんて、口説いているようなものじゃないか。現に隣にいるリナリーは目を丸くしてみている。
知らないうちに、だらだらと嫌な汗が流れてきた。

「す、すみませんっ!!あの、変な気があるわけじゃなくて、ていうか、僕もなんであなたにそんなこと言ったのか…」
「う〜ん。面識はないと思うけど…」

そりゃそうだ。誰だった初対面の人間に言われちゃあ、そう思うだろう。
嫌な気にさせたかな。門でのこともあったし…と心の中で嘆いていると、エリザベッタは「でも…」と呟き、明るく微笑んだ。

「知らないうちに、どこかで会ってるのかも。人の巡り合わせってすごいよね」

「それより、あなたの名前は?」とけろりとした態度で首を傾げた。フォローをしてくれたのか、それともただ単に天然だっただけなのか。それはわからない。だが、初めて受けた優しさに不思議と心が暖かくなった。
その優しさを噛み締め、そっと自分の名前を紡いだ。

「アレン。アレン・ウォーカーです」
「そう、アレンっていうのね?私はエリザベッタ・リカタ。エリザって呼んで!」






やさしさとうそと魔法の呪文

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