あまい誘惑とくちびる



「赤也さん、好きです」

 愛しい恋人の顔がどんどん近付いてくる。あっというまに唇と唇の距離は0センチになった。初めての恋人からのキス。しかもいつも消極的な彼女がなぜだか今日は積極的に耳元で「私を抱いてください」などと囁いている。俺の細い理性の糸は切れそうになりかけたが、可愛い彼女のため必死で耐えていると、とどめのほっぺにキスを贈られた。これはもう俺のせいじゃない。可愛い彼女が悪いと手をのばしてその唇に吸いついた。
 甘く、甘く、甘すぎる時間を過ごした。

・・・

 という夢を見た。なんとも言えない幸せな夢だった。あまりにリアルだったために、起き上がって一気に顔が照った。
 夢に出てきたのは想いが通じて半年は経つ恋人。キスだって星の数ほどしてるものの愛しい彼女、桜乃からのキスは一度ももらったことがなかった。なぜなら、彼女は恥ずかしがり屋だからだ。手を繋ぐのだって抱き締めるのだって、すぐに顔を真っ赤にし口をパクパクさせながら抵抗する。まあ、そこが可愛いんだけど。でも、少しは慣れてほしいというのが本音だ。いつまでも俺からというは少し、いやかなり寂しい気がする。
 いや、でもそれにしても何て夢だ。目が覚める間に最後まできっちりやったし、おまけに起きた今でも桜乃の表情、声、感触をはっきり覚えている。つまりは欲求不満だったってことだ。

「…何やってんだ、俺」

 自分自身に対して溜息が漏れた。
 夢の中で彼女を犯してしまうとは男として情けない。しかもあの純粋で可憐な彼女が乱れているところを想像してしまったということだけでも重い罪なのに、そんな彼女を自分のものにしてしまったとは一生をかけても償えない罪だった。いや、でもあくまで夢の中での情事だったので、とりあえずは良しとする。問題は次彼女と会うときどんな顔をして会えばいいのか。今俺は欲望の塊だ。そんな俺が桜乃と会うことになれば、今度こそ自分をおさえられる自信はない。夢を現実化させてしまったら大変だ。

 そんなこんなで2週間ほど桜乃とは会わずにいた。が、ついに明日久しぶりのデートをすることになってしまった。もうそろそろ桜乃を不安にさせてしまうし、桜乃が「会いたい」と言ってくれれば、無意識にでもすぐに飛んでいってしまう自分がいる。だから俺の細い理性の糸が切れないように、と何度も何度も自分に念を押しながら明日に備えて1時間ほどかけて着ていく服を選び丁寧に丁寧に歯を磨いて髪をセットする道具を準備してゲームもやらずに早く寝た。
 朝起きてもすることは昨日の夜と同じだった。服選びの最終チェックをして丁寧に歯を磨いて髪をセットする。そして最後に何度も自分に「桜乃を大事にするって決めただろ!」と言い聞かせて家を出て待ち合わせの場所まで向かった。
 待ち合わせの場所に着くとそこには桜乃がいて、その周りに数名の男がいた。とたんに俺の中で怒りが込み上げてきた。その男らは桜乃が嫌がっているのにもかかわらず強引に遊びに誘おうとしている。お前ら、誰の女に手ぇ出してるか分かってんのか?汚ねー手で触ってんじゃねぇよ。そう心の中で言いながらずんずんそこに近づいていく。俺に気付いた桜乃はホッとした顔に変わり男たちは皆一斉に俺の方を振り向こうとした…振り向く前に俺のパンチが飛んだ。

「っんだ、てめぇ!いきなり何すんだよ!」
「お前ら…!」
「あ、赤也さん!やめてください!これ以上は…!」

 赤目になり他の奴らにも殴りかかろうとした俺を桜乃が止めた。こんな奴らを庇うことないのに俺の右腕に必死にしがみ付いている桜乃が可愛かったため、赤目は一瞬で引いて男たちに一睨みして桜乃の手を引いて大人しくその場を離れた。

「あ、赤也…さん…あ、の…」
「…はぁ。どうしてあんたはそう簡単にナンパされんだよ…あんだけ気をつけろっていつも言ってんのに…」
「う…ごめんなさい…」

 よかった。桜乃が無事で。全く、自分が可愛いの自覚してよ。

「あ、赤也…さん。本当にご、ごめんなさい…!私…」
「…もういいよ。あいつらは俺が追っ払ったし、あんたも無事だったしさ」
「そ、それじゃあ、あの…許して…くれ、ますか…?」

 な、んだよ、その顔!上目遣いで瞳うるうるして。唇は何も塗ってないはずなのにピンクで美味しそうだし、肌は白いし、頬は真っ赤だし…あー!自覚しろって何度も言ってんのに!頼むからそんな顔俺以外のやつにしないでくれ。ていうか、今ここでするのもやめてほしいんだけど。ここ外だし、人たくさんいるし。いや、でももっと見ていたいような気もするし。うっわ、今この前見た夢思い出しちまった。ヤバイぞ、俺。耐えるんだ、俺。今ここで桜乃を襲うわけにもいかない。でも可愛い桜乃を前に我慢の限界。今俺の中で天使と悪魔が格闘している。あっ、天使が悪魔を投げ飛ばした。いや、悪魔が立ち上がって天使にタックルをくらわせた。うわ、悪魔の右ストレート。ジャブの連打…悪魔が勝った…!ということは。

「…桜乃」
「は、はい!」
「可愛すぎ、もう無理。限界。ごめん。本当ごめん。」
「え?赤也さ…」



 次の瞬間、この間見た夢と同じように唇と唇が重なった。あの夢は正夢だったのか。








あとがき
桜乃ちゃんから誘うっていうのもありですよね。


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