涙きらめく



 竜崎さんは僕の天使だ。
 初めて彼女と会ったのは、高校の入学式のことだった。辺りをキョロキョロ見回していたため、ここの校舎は広いから道に迷ったのだろうと思い、声をかけた。びくっとして振り返った彼女は目を丸くして大きい僕を見上げた。そして首をかしげ、「えっと…あの…なんでしょうか…?」と可愛らしい声で言った。竜崎さんはどうやら自分の教室に行きたがっていたようななので連れてってあげたら満面の笑みでお礼を言われた。僕はそこに惚れたのだ。
 最初はほんの些細なことだったが、だんだんと大きく惹かれていった。高校から青学に入った僕とは違い、竜崎さんは中学生からこの学校だったと聞いたときはとても驚いた。それなのに校舎の中で迷うなんて、可愛いと思った。それから無意識に目で追ってしまうようになったが、彼女は一日に一回は必ず転けるらしい。その度に僕は彼女を助け、何度もあの素敵な笑顔を見ている。今はそれだけで、幸せだった。

「竜崎さん、それ、重いでしょ。持とうか?」
「ううん、大丈夫だよ。」
「いいよ、僕も一応男だし。これくらい手伝わせてよ」
「で、でも…いつも助けてもらってばかりだし…」
「いいのいいの。もっと頼ってよ」

 少しは距離を縮められた気がした。男として意識してもらっているかも分からないけど、こうやって少しでも役に立ったらいいと思っている。今彼女の隣を歩いているように、いつか恋人として彼女の隣を歩きたいと、欲が出てきた。

「本当にごめんね、いつもいつ…も…」

 突然話している竜崎さんの言葉が途切れた。彼女は立ち止まって何かを見つめている。瞳が一点に集中している。何かと思い、彼女の視線を追ってみると、そこには僕らと同じ歳くらいの一人の青年が立っていた。それも、テレビで見たことがある…そうか、今あらゆるメディアから注目されているプロのテニスプレーヤーの越前リョーマだ。この間も大きな大会で優勝したとか。彼は確か青学出身とかってプロフィールに書いてあったっけ。ということは中学生の頃は竜崎さんと同級生だったってことになる。竜崎さんのこの見惚れているような視線…何か引っかかる。
 越前リョーマは二階の、今僕達たちがいるところを見つめ、一瞬だけ笑顔を見せると校舎の中へ入り、どこかへ、向かっていった。僕はそのとき、隣で今にも泣きそうにしている竜崎さんを見逃してしまっていた。そして今行動を起こさなければいけなかったのに、何もしなかった臆病な僕を笑いたくなった。

・・・

 下の階からキャーという叫び声が聞こえる。それは、越前リョーマが階段を上がってきているということを物語っていた。竜崎さんは今だに固まったまま動かない。本当にどうしちゃったんだろうと思い、彼女の肩にそっと触れようとする…しかしその手はたった今来たばかりの越前リョーマによって虚しく振り払われた。

「勝手に人の彼女に触らないでよ」

 はい?今なんて言った。聞き間違いじゃあないだろうか。「彼女」って誰のこと?僕の耳がおかしかっただけだよね。まさか、竜崎さんがプロテニスプレーヤーの越前リョーマの彼女だなんて…ありえなくもないけど。それでも、だったらなんで彼は彼女を置いてアメリカに行ったんだ。僕だったら絶対に竜崎さんを一人置いて遠いところへ行ったりはしない。彼女の傍にずっといる。いやだ。彼女だなんて認めない。僕だって竜崎さんが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだよ。

「あの…僕…「リョーマ君!」

 決心して越前リョーマに言い出そうとした僕の言葉を今まで固まっていた竜崎の言葉によって遮られた。彼女は今まで見たことがないくらい可愛い笑顔で笑っていて、越前リョーマに勢いよく抱きついた。その瞳からは少しばかり涙が溢れていて僕はすべてを悟った。越前リョーマも彼女を思い切り抱き締めると「ただいま」と先程僕に向けられた恐ろしいほど冷たい声ではなくて、きっと竜崎さんだけに向ける優しくて甘い声。この二人は両想いだったのだ。僕なんかが入り込める隙なんてはじめから存在しなかったんだ。目の前で繰り広げられる甘いラブストーリーで情けないけど泣きそうになった。

「リョーマ…君…あの…日本にいるってことは、その…」
「うん、もちろん勝ったよ。そっか、桜乃はテスト週間だったから見れなかったんだよね」
「え!?じゃあ…!」
「そ。これから竜崎先生のところに挨拶に行くつもり。もちろん桜乃も一緒にね」
「リョーマ君!!」

 これはあとで聞いた話だけど、どうやら越前リョーマが竜崎さんを置いてアメリカへ行ったのには理由があったらしい。竜崎先生…彼がいた青学テニス部の顧問、竜崎さんのお祖母さんに「てっぺんまで登り詰めたらご褒美に桜乃をやろう」と言われたらしい。それで彼はがむしゃらに練習して勝って勝ってやっとてっぺんまでたどり着き、今日本にいて、竜崎さんの傍にいるということだ。彼の努力はすごいと思う。それだけ竜崎さんを愛しているということがよく分かった。そしてそんな彼を竜崎さんはきっと心の中で想っていて応援してたと思う。僕の恋は最初から叶うはずなかったんだ。








あとがき
第三者の恋心編でした。
ちょっと切なくなってしまいました。甘甘中心のサイトなのにこれはいいのだろうか。きっとリョ桜の久しぶりの再会はこんなもんだろうと想像しながら書いてみました。


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