無題



 その頃財前は空港に向かって猛スピードで街中を走りまわっていた。もう何キロか進んでいるが、あの浪速のスピードスターの忍足謙也でもまだ追いつけていない。相当桜乃が恋しいのか、今のタイムを計ると間違いなく世界新記録は余裕に越すだろう。どうやら財前が桜乃を通りすぎて行ったということは財前を捕まえてゆっくり説明しないといけないらしい。

「待てや!財前!」

 話しかけても全く耳に入らないらしい。必死に追いかけても全然その距離は縮まない。もうすぐ空港に着いてしまうというところでやっとのことで信号が赤になり、追い付けそうになった。しかし、あの財前はそんなのでは止まるはずがなかった。信号が赤なのにも関わらずダッシュで道のど真ん中を通り抜けたのだが、あまりに速くて運転手は何が通ったのか分からなかったとあとで証言していた。
 俺のこのスピードでさえ今の財前に追い付くことは不可能なのか。さすがにもうそろそろ体力の限界を感じる。

「財前待っ…へ?」

 いつの間にか空港に着いていてしかも財前はもうすでに中に入っていて、なんとなんとチケットを買おうとしているではないか。これはヤバイこれはヤバイ。やばすぎるやろ。今すぐ止めな。桜乃ちゃんががっかりするどころか皆にどやされるに決まっとる!これはなんとしても阻止しせなあかん!

「桜乃ちゃん!桜乃ちゃんが来とる!大阪に来とる!早まるなー!」
「………へ?」

 あ、やっと気づいた。そっか。財前って「桜乃」ていう言葉には何より敏感に反応するんだった。最初から桜乃ちゃんの名前出しておけばよかったんとちゃうやろか。そもそもあのとき校門にいた時点で財前が桜乃ちゃんに気づけばよかったんや!あ…せやけど、あのとき桜乃ちゃん…あの野郎の後ろに隠れてたんだった。ということは全部あの部長こと白石蔵之介が悪いんとちゃうか。絶対そうや。あいつが全部悪い!

「先輩…」
「…な、なに!?」
「何で早く言わんのですか!!!!」
「へ…?俺のせい!?」

 その一言だけ言うと財前はさっきのスピードよりももっと速く走って行ってしまった。

「俺って一体…」

 俺はただ素通りして走っていってしまった財前を追っかけたろ思て、こんなところまでわざわざ来たっちゅーんに。あの言い様、あれが先輩に対しての態度か。そもそもアイツが愛のパワーで桜乃ちゃんを見つけられなかったんが悪いんや。何で俺がこんなん。ほんま疲れたわ。あー桜乃ちゃんに膝枕してほしい。もしくは、謙也さんお疲れ様ですなんて可愛い笑顔で言われたり。ああ…考えるな、俺。今ティッシュ持ってへんのや。鼻血が、あ…出てきてもーた。あかん。どないしよ。桜乃ちゃんのメイド服姿をついつい想像して…。て、俺変態か!きもい!こんなん想像してたら財前に殺されてまう。せやけど、やっぱし桜乃ちゃん独り占めすんのはずるいなあ。みんなの桜乃ちゃんなんや。アイツの都合で二人っきりで会うなんて…信じられへん。いや、アイツらが付き合ってるっちゅーんは、俺らには関係ないことや。俺らは認めてへんのやからな。告白もできんかったのに愚痴だけ言うとるなんて我ながらかっこ悪いわ。いーや!桜乃ちゃんのためならかっこ悪い男にでも何でもなったる!それが俺の指名や!あ、やば…鼻血が…。みんながコイツなんやねんみたいな顔で見とる。ていうか、俺ってどうみてもただ巻き込まれただけの被害者やわ。絶対あとで奢らせたるで、財前。


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