02
半ば強引な手を使い、押し掛けた小夜さんの家。

口元をひきつらせてはいたが最終的には俺たちの滞在を許してくれた彼女。

どうやら一度懐に入れた相手には甘いみたいだ。その中に俺が入っているかどうかは非常に怪しいが。

それにしても、花井美羽。あいつが来てからテニス部は狂いっぱなしだ。テニス部の実力は一部、著しく低下している上、あの応援と称した仕事の怠慢のせいで平部員の練習時間が削られている。
そして何より、昨日のあれ。あの女はテニス部を壊したいのだろうか。それとも、ただの色狂いか。

(ま、どちらにしろ害悪に変わりはないし。俺が入院する前に方をつけなきゃなあ。)

しかし、あの女の害悪の副産物がある。
それは……今、彼女が目の前にいることだ。俺の恋い焦がれていた彼女が手を伸ばせば容易に届くところに、いる。どれ程渇望したことだろう。それともこれは甘美な夢なのか。
俺はノートに落としていた視線をあげる。


彼女の濡れたような黒髪に淡い明かりが反射して何だかとても神聖な存在に見える。
顔にかかった髪を彼女が耳にかけることで真っ白な首筋が露になる。ただの日常的な見飽きたような行動なのに、彼女が行うとまるで聖なる儀式のように見える俺はどうかしているのだろうか。そんなことを考えていると、俺ははたと彼女の隣から送られて来る視線に気づく。そちらに目をやると、バチリと合う視線。

その眼に浮かべられているのは、牽制。まるで彼女は俺のものだ、と言わんばかりの強烈な色を滲ませている。詐欺師と呼ばれる彼の嘘偽りのない真っ直ぐな感情が視線を介して俺に突き刺さる。でも、それでも……――――
俺は仁王を挑発するかのように笑顔を浮かべた。仁王はさらに視線をきつくしたが関係ない。俺はまたノートに視線を落とした。

渡さない。俺だって長年渇望していたのだ。

(この前までは話すだけで満足できてたのにな。話せば話すほど、近づけば近づくほど、どうしようもなく――…欲しくなる。)

俺は自身を苦笑した。テニス以外にもこんな感情を抱く日が来るなんて、と。
はじめは淡い恋心。けれど急激に加速するそれは恋心なんて言葉がすでに当てはまらないような熱烈な、恋慕。

自覚した今、誰にも譲る気はさらさら、ないのだから。

(君という名の甘美な毒に溺れる。)
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