![]() | ついこの間までは充実した時間だったのに、仁王はそう思いながら部室へ重い足を動かした。 (花井美羽、全てはあの女が来てからじゃ。) あいつが来るまでは俺の周りは信頼でき、お互いを高め合える仲間がいて、からかいがいのある生意気だけれど努力家な後輩がいて、そして彼女がいた。何よりも充実していたのだ。 しかし、だ。あの女の登場によってそれは崩された。仲間だと思っていた彼らは女に夢中で日に日に腑抜けていく。後輩たちもあきれ返っていて、部活がまるで引き締まらない。よりにもよって幸村までも腑抜けているのだ。当然といえば当然だが。 まぁそんな中でも彼女だけは変わらなかったが。 (あんな女、消えればええ。) そう心のなかで毒づいた時だった。 彼女を、小夜を見つけたのは。 (何で赤也が抱きついちょるんじゃ…!) 少し上がった気分がまた落ちた。が、赤也の暗い顔に何かを察した。 けれど、それはすぐに彼女によって力強い顔に変えられる。 (小夜は人に無関心なくせして、身内には甘いからの。) まぁ自分もそんな所につけこんではいるのだが。 きっとあいつも過去に自分を救った小夜の優しさに、強さに助けられたのだろう。そして今もまた助けられたのだろう。 不思議な女の子だから赤也が惹かれるのも無理はない、と思う。 思うけれど、割りきれない。その上彼女を独占したい、なんて気持ちすらも現れつつあるから厄介だ。 でも、と仁王は思う。 (2人は大事な後輩と大切な女(ヒト)じゃから。暫くはこの気持ちはないことにしようかの。) 普段ペテン師などと呼ばれている彼からは想像できないような純粋な優しい笑顔を仁王は浮かべた。 (ま、すこーし苛めるぐらいはご愛敬じゃろ。) やっぱり少しはムカつくらしかった。 |