「あ、」
「…っ!」
廊下を歩いていると、向こう側から歩いてきたジャーファルさんと目が合ったので、私は咄嗟に顔をそらして逃げ出した。
「ぅ〜…」
あの日以来何だか顔を合わせるのも気まずくて、ずっと避けてしまっている。だって、あんな…!
甦りそうになる記憶を無理矢理かきけして、私は仕事に集中しようと歩く足を早めた。
*
「ふぅ…ってあれ?」
私はあれからつい仕事に夢中になりすぎてしまったようで、気づけば皆帰ってしまっていた。外も真っ暗になっている。
とりあえず、私も早く帰ろうと帰り支度をしていると、部屋の扉が開いた。
「(忘れものかな?)…!」
「失礼します。」
きっと誰かが忘れ物でも取りにきたのだろう、と何気なく視線をやれば、今私にとって気まずい人No.1であるジャーファルさんだった。
「…………。」
「(……き、気まずいっ)あ、あの、失礼しま、わ!?」
「、リノ」
同じ部屋に二人きりなんて耐えられなくて慌て彼の横を通り部屋を出ようとすると、腕をぐいっと引かれ壁に押し付けられる。真剣なジャーファルさんの瞳と私の瞳がぶつかる。
「…あ、の、」
「どうして、避けるのですか?」
「え、?」
「私が何か、してしまいましたか?…なら、謝りますから、だから、避けるのだけはやめてください。」
貴女に嫌われるなんて、耐えられない…。
苦し気な顔で伝えられる想いに、顔に熱が集まり、心臓がばくばくと早鐘をうつ。
「ぁ、の!違います!嫌い、なんてとんでもなくて…っえと、…その、だから…っ」
「だから?」
「ぅ、わ、たし、この間の、ことで、変に意識、しちゃって…あの、ジャーファルさんが何とも思ってないの、はっ!?」
しどろもどろになりながらも精一杯、伝えようと言葉を吐き出していると、急に抱き締められた。思いの外力強い腕に、体が固まる。
「はぁ、…。リノ、」
「ぅえ、はい!って、ジャ、ジャーファルさん!?」
「貴女はこの間から勘違いをしています。」
「、は…?かん、ちがい?」
「私が誰にでもあんなことをする男に見えますか?」
「や、は?え?だって、私のことからかってるんじゃ…?」
「心外ですね。私はそんなことをするような男に見えていたんですか?」
「そういうわけじゃ、ないですけど…」
「じゃ、何故?」
「ぅ、あ、」
「聞かせて、リノ」
「〜〜っジャーファルさんは普通だし、なのに私はあんなことで勘違いしちゃって恥ずかしくてっ…」
恥ずかしすぎて顔があげられない。あぁもう!明日からどんな顔して会えばいいのっ!というかまず誰か助けて!
「はぁ……」
「!」
「リノ、顔をあげてくれませんか?」
「、む、りです…っ」
そう断るや否や、無理やり顎を掬われ上を向かされる。すぐ近くにある整った顔に心臓が爆発しそうだ。
「う、ぁ…」
「リノ、今日までさんざん貴方の鈍感に振り回されてきましたが、いい加減私も我慢の限界です。」
なんだか話の方向がおかしくないかな。私の鈍感に振り回されてって…も、もしかしてそういうこと、なの?からかってたとかじゃなくて、ほんとに?
「〜〜っ!?」
「漸く、ですか。」
私の考えてることなんてお見通しなのか、顔を紅くしたのがいけなかったのか、ジャーファルさんは呆れたように、それでもどこか優しく溜め息を吐いた。
「ジャーファルさ、」
「ねぇ、リノ」
あ、あれ?なんか体勢がおかしくない…?
本能的に危険を察知し少しと後ろに下がればジャーファルさんもさらに近づいてくる。しかも、半歩下がっただけですぐに壁にとん、と背中があたる。
「あ、あの、なんか、近くないですか…?」
「ん?そんなことないですよ。」
「わ、っ」
なんとか逃げようと横にスライドしようとしたけど、ジャーファルの足が私の足の間に入れられたためもうどうしようもなくなってしまった。
「今日までいろいろとお預けされてしまいましたが、好きなんです、リノのことが。」
「ぅ、え、ぁ、わ、私も、好き、です。」
「嬉しいです。ですからいいですよね?」
「へ…??んっ、」
次の瞬間、にこりと微笑んだジャーファルが視界いっぱいに広がったのだった。