溶かされた意地


私は不二周助という男が嫌いだ。

「にゃに難しー顔して不二のこと見てんの?」
「英二…」
「ついに名前も不二のことを…!?」
「ついにってどういう意味よ。てか違うから。」

何時もの笑顔で会話を交わしている不二をじと目で眺めていると英二が話しかけてきた。にやにやとムカつく笑顔をしているのでつねってやった。

「あいたたたっ!じゃあ何で見てるのさ〜」
「もう…。てか誰があんなやつ好きで眺めるか!」
「名前って本当に不二のこと嫌いだよね〜」
「愚問だよ、英二」

英二がしみじみと当たり前のことを言う。私はあの胡散臭い笑顔もスポーツ万能なところも頭もいいところも何だか完璧すぎて、好きではない。

「でもさっき完璧見てたじゃん」

頬を擦りながら英二がそう言う。まぁ、確かに…見てた。
というかそもそも私が何で嫌いな奴のことを見ているのか。その原因は奴、不二本人にある。
「名字さん、好きなんだけど、良かったら俺と付き合って貰えないかな?」

昨日の放課後。私の目の前の嫌いな男はどこか緊張した面持ちでそう、いったのだ。

「は、まじ?え、じゃあなんて返事したの?」
「………してない。」

私の話を聞いてびっくりした英二が興味津々といった顔で私に詰めよってくる。

「そうにゃの?名前のことだから速攻ふったのかと思ったんだけどなー。何だからしくないねぇ」
「はぁ〜…だよね。」

そう、何時もの私ならきっと速攻断ってる。それなのに、だ。昨日から私はずっと悩んでいる。

「なんでそんなに渋ってんの?」
「う〜ん…分かんない」

………うそ、本当は分かってる。私に好きだと言った彼の顔には何時ものあの余裕なんてなくて。年相応なただの学生みたいだったから。だからつい返事を伸ばしてしまったんだ。



「返事をくれるのかな?」
「……一つ聞いてもいい?」
「ん?いいよ」
「何で、何で私なの?」
「………」
「私よりも可愛い子なんていくらでもいるじゃん。私なんて正直ただのクラスメイトでしょ?」
「………」

黙り込んでしまった不二に、やっぱりからかい半分だったのか、と少し落胆した私に気づく。

「…この間ね。」

自分の思いもよらない感情に戸惑っていると黙りこんでいた不二が口を開いた。

「姉さんと花を買いに行ってたんだ。そこで姉さんが買ったキンセンカの花言葉を聞いたとき、思い浮かんだのが名字さんだったんだ。」
「花、言葉?」
「“乙女の美しい姿”」
「なっ」
「君の笑顔が浮かんだんだよ。」
「〜〜〜っ!」

そう言って微笑みながら愛しいものを見るような眼差しを私に向けてくる不二に今まで誤魔化してきた私の中の意地が、崩れた音がした。

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