柔らかな月
「おはようさん」
「おはよう。ふふ、何か廊下で会うと変な感じだね。」
朝、教室へ向かっていると百合を見つけたので挨拶を交わす。いろんな生徒とすれ違ったけれどやはり彼女の纏うオーラは、違う。
「そうじゃ、これ」
「あ、この間話していたポッキー?」
「おん、偶々見つけたからの。」
「ありがとう!じゃあ今日一緒に屋上で食べよっか。」
ふわりと笑う彼女に空気が華やぐ。すれ違った男子生徒だけでなく女子生徒までも彼女に見惚れる。中には顔を赤くしている奴もいる。
確かに、百合の笑顔を見れるのは嬉しい、というかそのためにポッキーを買ったのだ。
でも、
(面白くないぜよ。
彼女に笑顔を向けられるのは、―――。)
そこではた、と気づく。
俺は今、何を、考えた?
彼女の笑顔が俺だけに向けばいいと、彼女が俺だけを見ればいいと、そう思ったのか?
(…はっ、あんなに女を馬鹿にしていた俺が、こんなことを思うなんてのう。ほんま、笑える話じゃ。)
心の中でそう自嘲気味に笑ってみても、自覚してしまった感情はどうしようもなくて。今目の前で笑う百合が、どうしようもなく愛しい。もっといろんな顔を、感情を、俺だけに見せて欲しい。
「百合ー、おはよう!」
「おはよう!
じゃあまた後でね!」
後から来た友達らしい女に名前を呼ばれ、俺に挨拶をして彼女はその女の方へと去って行った。
去って行く背中を呼び止めたいと思ってしまった俺は、もうこの気持ちを止められないのだろう。