蜃気楼をつかむ
ふと窓の外に視線をやると、例の白雪が歩いていた。時計を見ると授業が始まるまであまり時間がない。今から校舎に入っても間に合わないだろう。
(サボるんかのう。)
正統派な生徒のようで、案外緩いのかもしれない。気がつくと、自分も教室を出ていた。
「サボりとはいただけないぜよ。」
ついこの間のように華奢で頼りない背中に話しかける。何故か彼女が振り返る姿は何度見てもスローモーションに見えてしまう。振り向かせてはいけない、そんな感覚さえしてしまうぐらいに。
「仁王くんもサボりだからおあいこでしょ?」
「まぁの。」
白雪が笑う。
「白雪はよくサボるんか?」
「それ」
「ん?」
「白雪ってやめてくれないかな?」
微笑んでいるはずなのに嫌とは言えないなにがある。
「おん、すまんかった、百合」
俺が素直にそう謝ると彼女は少し驚いたようだ。
「どうしたんじゃ?」
「や、仁王くんって何か女の子の名前覚えないイメージだったから、」
やっぱり思い込みとかしちゃ駄目だね、と言う彼女にドクリと核心をつかれたように胸が跳ねた。
確かに自分はあまり女の名前を覚えないから。だいたいの女はそんなとこきっと気づいてすらいないだろうのに、どうして会ったばかりの彼女は分かるのだろうか。
あの瞳はもしかすると人の本質を暴くのかもしれない。
(そんなことあり得るわけないじゃろうのに、な)
「好きな女の名前覚えんやつがどこにおるんじゃ。」
大抵の女なら頬を染めて喜ぶ台詞にも、
「あはは、そりゃそうだ。」
なんて告白されたことももう気にすらしていないようだ。
「駄目だね、もっと視野を広く持たなきゃ!」
そうは言うものの、まるで告白されることも全て自分ではなく他人に起こっていることであるかのようだ。
殆どの人間が美しいと評するであろう彼女の横顔が、熱を持たない人形のように見えた。