君がため
あれから俺は屋上にはいかなくなった。毎回授業にでている俺に教師たちは喜んでいたが、どうでもいいことじゃった。
「ここは、源氏物語の私が1番好きなシーン。
空蝉は唯一光源氏が追い続けても最後まで手に入らなかった女性なの。」
なんとなしに耳を傾けるとそんな言葉が聞こえる。
「空蝉という名前も、光源氏から逃げる為に彼女が着ていた着物だけを残して消えた所から来ているのよ。」
空蝉。何だか彼女にぴったりな名前だ。掴んだと思えばすり抜けて、今度こそと思っていたのに少しも触れられなかった。
「ここからは私の勝手な考えなんですけどね、空蝉には想い人がいたんじゃないかと思うんです。」
そんなとこまでそっくり、か。
「でもきっと彼女はどうしても光源氏に惹かれてしまった。」
「、」
「だから、そんな浮気心のある自分を彼に晒したくなくて、けれど覚えていてほしくて、だから一度だけ関係を持って姿を消したんじゃないかと思うの。」
その後教師は私の勝手な願望みたいな解釈だけどね、実際は違うみたいだし、と言って笑った。
「でも、光源氏が一途に自分だけを追い続けてくれたなら彼女も彼と結ばれてたのかも、とかね、思ってみたり。」
「きゃー先生、乙女っ!」
照れたように笑った教師を生徒がちゃかして教室が笑いに包まれたところで授業が終わった。
「……追い続ければ、のう。」
俺は光源氏みたいに魅力的でもなければ、博愛主義でもないけど、一途に想い続ければ、おまんは俺を見てくれるか。
数日が経った今でもこんなに彼女への想いで身を焦がしてるんだ。やっぱりどうしたって、俺は彼女を諦めるなんてできそうもないみたいだ。
なぁ、俺が、忘れさせてやるなんて言わないから、だから傍に、いさせては、くれんか。