未来なんてない | ナノ
がんじがらめの猫

「ごめんね、仁王君察しがいいからちょっと甘えてたのかも。」

「、」

「昔話を、しよっか。」

彼女はそう言って悲しげに笑った。

「…私には好きな人がいてね、その人も私のこと好きだって言ってくれて、幸せだった。」

とっても綺麗で、優しい人だった。

そう語る彼女の瞳はその人を思いだしているのか、見たこともないような優しい色をしていた。しかし、それが悲しげに歪んだ。

「でもあいつは、違った。」

「、あいつ?」

「私の近所に越してきた、大学生。きっと越してきたときから私に目をつけてたの。多分、犯してやろうとでも考えてたんだと思う。」



「なぁ、今度の日曜暇?」

「うん、暇だよ!」

「じゃあ映画行こうか。見たいって言ってただろ?」

「ほんと?やったぁ!」

「じゃあいつもの時間に迎えに行くから。」

「うん!ふふ、楽しみだなぁ!」

「ふ、俺もだよ。」

いつも通りの帰り道での会話。またこれが明日も続くんだと、漠然と思ってた。

「二人とも、危ないっっ!」

「っ百合!」

「え、きゃっ!」

誰かが叫ぶ声が聞こえて、振り向くかどうかの時に腕を強く引かれ私は尻餅をついた。

そして、私に倒れ込んで来たよく知ってる体。じわりじわりと暖かい何かが私の体を覆う。

視界の端で、ナイフを握った男が取り抑えられているのが見えた。

私の体を覆っているのは、怖いくらい鮮やかな、赤。

「っいやぁあぁああああ!!!」




「その後男は捕まったけど、彼は、死んだ。不思議なくらい的確に、心臓を刺されてたから。」

お葬式でも彼はぞっとするくらい綺麗で、穏やかな顔だった。死んでるなんて悪い冗談なんじゃないかって思うくらいに。
誰も、彼の両親でさえ私を責めなかった。ただ、無事で良かったと、貴女が無事で良かった、とそう言っただけで。


「あの日から、私の世界に男の人はいない。彼だけが私の中で唯一の男の人。
そしてそんな彼が、誰より美しかった彼が、自分の命をかけて助けてくれた体だから、だから、私のこの体は何より綺麗じゃないといけないの。」

そう言い切った彼女の顔は相変わらず何より美しくて。
それなのに、やっと触れられた君の心は、どうしようもなく縛られていて、酷く悲しいものだった。
こんな顔をさせてまで、俺は彼女を知りたかったんだろうか。
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