知りたいまなこ
「おはよう。」
やっぱり、違う。
「おはようさん。」
彼女がいるだけで、昨日はただ冷たいコンクリートでしかなかった屋上が色づく。恋は盲目、あばたもえくぼ、昔の人はよく言ったものだ。しかし、それ以上に見えたものもたくさんあったが。
「のう、」
「ん?」
きゅっと拳を握り込む。掌がじっとりと汗ばんでいる気がする。
けれど、いつまでも臆病者ではいられないのだ。小さくても一歩、踏み出さなければ。
「昨日、何で休んどったんじゃ?」
短い台詞なのに、もう口の中がカラカラだ。
「昨日?」
「おん。」
彼女はゆるりと笑った。その笑顔は、とても十代とは思えないような哀愁と色気があって、ごくりと喉か鳴る。
「昨日はね、会いに行ってたの。仁王君のことも話してきたんだよ。」
誰に?そう聞いてしまいたい。けれど彼女はきっと意図してそれを隠そうとしているのだ。聞き出すなんて、できるはずない。
「そうか、」
そう返すので精一杯だ。どうして一歩進めば、それ以上に離れていってしまうんじゃ。俺はただ、君に触れたいだけなのに。
絶対的な美貌とその物憂げな雰囲気で綿密に隠された、君のその割れてしまいそうなほど不安定であろう本質を、知って守りたいだけなのに。
「心配してくれたのかな?ごめんね。」
そう言って笑う彼女は先ほどの陰を全くと言っていいほど感じさせない。それが酷く、悲しい。
「ちょー心配したぜよ。」
「ふふ、やっぱり仁王君は優しいね。」
その“優しい”は心配したと言ったから?それとも、何かあると分かっていながら無理に君を問い詰めないから?
きっと百合は分かっているのだ。自分の百合に向ける感情だとか、葛藤だとかを。そして知った上で、これ以上近づかないよう所々で俺に距離を感じさせているのだ。
近づいたと思っていた距離は、未だに広く、広く開いたまま彼女が踏みいることを拒絶している。