「また来てくれたの?」

彼女は俺が訪ねると呆れたように笑った。
細い腕に繋がる管が生々しくて、俺は現実から逃れるように管から視線を外した。

「美歌に会いたかったからっす!2日間試合でこれないから今日は2日分充電していくっすよ!」

「もう、またそんなこと言って…。でも…、私も会いたかったよ。」

恥じらうように笑った彼女がとても可愛くて、抱き締めた。

「!」

「ちょ、涼太、恥ずかしい。」

「っ美歌が可愛いのが悪いんす!」

抱き締めた彼女の体は前よりも細くて、俺は泣きそうになる。でも1番辛いであろう彼女が泣けないのに、俺が泣くなんて出来ない。

「涼太は相変わらずだねー。」

「え?相変わらずカッコいいって?いやー照れるっす!」

そうやって大袈裟におどけて見せないと泣きそうで俺は精一杯振る舞う。

「はぁ、」

「ちょ、傷ついた!傷ついたっす!」

美歌の冷たい視線が俺に刺さった。

「………でも、そうだね。」

「…美歌?」


「涼太はカッコいいよ。バスケも上手いし、それになにより優しいし。」

「、ちょべた褒めは照れるっすよ!」

「だからね、だから―――…。」

「美歌!俺は美歌が好きなんすよ!美歌じゃないとだめなんす!
俺は将来、美歌と結婚して幸せになるんすから!」

彼女が言わんとしている事が分かった俺は、慌てて彼女の言葉を遮りそう言った。我慢していた涙がつい、溢れる。

「、ごめんね、そうだよね。私、…何だか少し弱気になってたみたい、」

彼女は一瞬目を見開いてから俺の嫌いな笑顔で笑ってそう言う。

「本当っすよ、そんな弱気じゃ治るものも治らないっすよ?!」

少しでも彼女が未来を信じられるように振る舞う俺を、彼女はどんな気持ちで眺めているのだろうか。


「ふふ、病は気からだもんね。」

じゃあ、私これから頑張って検査に行ってくるね!
彼女はそう言ってまた笑い、看護師さんに連れられて行った。


車椅子に乗せられて去っていく薄い背中が、切ない。


あぁ、そんなに諦めたように笑わないで。
辛いなら、俺に全部ぶつけてくれていいから。なんなら殴っても、罵ってくれてもいい。
だから君の心を見せて。少しでも、君の壊れそうなその笑顔を俺に守らせてよ。



俺は何故か行かなきゃならない気がして、試合が終わったその足で美歌に会いに病室へ向かった。面会時間ぎりぎりだったけど、なんとか間に合った。
俺はとびきりの笑顔をつくり病室をのドアを開けた。

「美歌―っ!愛しの涼太くんが会いに来たっす、よ…」

でも、そこにあったのはただただ広い、無機質な白い空間だけだった。美歌のあの外国のお菓子のような甘い香りは、しない。

俺は呆然と立ち尽くしたが、慌てて首を振る。検査に行ってるだけかもしれない。頭では分かっている事実を全てが理解することを拒否する。病院独特の匂いがいやに鼻につく。

「あの、ここの病室の女の子って…」

「あぁ、あの可愛らしい女の子ね。……あんなに若かったのに、残念だわ。」

……ほんとは気づいてたんだ。2日前に会った彼女がとても辛そうだったのも。彼女の心が苦しい治療のせいで折れそうだったのも。
けど、俺はそれを認めたくなくて無理矢理自分に言い聞かすように彼女にああ言ったんだ。

美歌は、最期何を思っていたんすか?辛くはなかったっすか?苦しくはなかったっすか?怖くは、なかったっすか?
こんなことならもっと彼女と話せばよかった。もっと彼女を抱き締めればよかった。彼女のことをもっと―――…。
「…っ」

そんなことをいくら考えても、ただ美歌の病室に残るのは空虚な白だけだった。
あの花が開くような笑顔はもう何処にも、無い。
―――――――――――
title by 誰そ彼
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