「良かったんですか」
「なにが」
「ボートに乗らないで」
僕達はボートに乗らなかった。僕はあんなよく分からない女のために命を懸けるなんてことは出来なかった。組織を裏切るとはどういうことなのかみんなよく分かっているはずじゃあないか。
それと、この隣に居るナナシ。彼女もボートに乗らなかった。ナナシは唯一トリッシュと同性で、何かと一緒に行動していた。まさかナナシが僕と一緒の選択をすると思わなかった。
「ボートに乗ったほうが危険じゃない」
「別に残ったからって安全な訳じゃあないですよ」
「そんなの分かってる」
「じゃあ何故」
「言わないとわかんないかしら」
「ええ、分かりません」
「フーゴと一緒にいたかったから」
「…貴女は馬鹿なんじゃないですか」
「相当馬鹿だと思うわ」
僕達はボートが出発してから数時間、そこに座りっぱなしだった。体はいつの間にか震えが止まっていて、陽も沈んでいた。先に動いたのはナナシだった。
「何処へ行くんですか」
「とりあえず今夜寝るところ」
「充てがあるんですか?」
「ないけど、どっか安いホテルね」
「一人で泊まるんですか?」
「私のこと心配なら一緒に来れば?」
「…」
二人で適当な道を選んで歩き、安いホテルの部屋を取った。ナナシはシャワーに入っている。これは、据え膳なのだろうか。僕だって健全な少年なんだから、男女がホテルに宿泊するということがどういうことか分からない訳ではない。でも残念ながら、今回はそんな色っぽいものではない。二人とも根無し草なだけだ。ネアポリスに戻れる保証もないし、戻ったところで身の安全が保証されるわけでもない。
「フーゴ」
「はい」
「私寝るね、おやすみなさい」
「…あの」
「なに」
「一人で寝るんですか?」
「一緒に寝たいの?」
「そんな訳無いじゃないですか」
「私は一緒に寝てもいいけど」
「意味分かってるんですか」
「そりゃあ。私あなたより年上よ」
「こういう時ばっかり大人ぶるんですから」
「私は無理にとは言わないけど」
「じゃあ僕が、もし、ナナシとセックスがしたいと言ったらするんですか?」
「うん。」
「僕は…僕は、」
「そんな真っ赤にならなくたっていいじゃない、それにチャンスは今日だけじゃないし」
「チャンスって…僕は、したいです」
ナナシは驚いていた。この人、自分から誘っておいて何ビックリしてるんだろうか。僕が拒否すると思っていたのだろうか。
「本気で言ってるの?」
「当たり前じゃないですか」
僕はナナシを後ろから抱きしめた。ナナシは先程とは打って変わって大人しくなっていた。さっきまでの大人の余裕はどこへ行ったんだろう。大人と言っても僕より遥かに身長が低いし、実年齢より幼く見える。僕はナナシがとても愛おしく思えた。この人はこんな状況で、年下の僕に虚勢を張っている。こんな時ぐらい不安で不安で堪らない、と泣き喚いたっていいのに。年上だからって僕を引っ張っていこうと頑張らなくたっていいのに。そうやって人を変に誘惑する前に、少しは僕に気を許したっていいんじゃないか。
「って、僕は思うんですけどね」
「フーゴ…」
「セックスもしたいです。したいですけど…それよりももっと大事なこともあると思うんです」
「…ありがとう」
「僕のことも頼ってください」
「年下のくせに」
「そういう意地を張るのも、止めたらどうですか」
「…がんばってみる」