木漏れ日が降りそそぐ午後、長閑に晴れ渡る日。

俺はあの日のことを思い出していた。俺がこの世界に足を踏み入れた日。
母親は最初の母親となった。

ごめんね母さん───

俺はこの町にはいられない、殺人犯だ。
ハァ、ハァ、俺がまだ無邪気だった頃、初恋の女の子と駆け回った坂を走る。こんなに平坦だったかなぁ、もっと急だった気がする。
あの日から俺の青春は死んだ。それからの日々は単純だった。幸い俺は顔がいいので女には困らなかったし寝食にも困らなかった。バールで女と知り合い、その日のうちの男女の仲になる。仕事は、とか彼女は、とか聞いてくるヤツもたくさんいたけど俺は大抵濁していた。そこがミステリアスで素敵なんだってさ。女っていうのは馬鹿だ。
そんな自堕落な生活なもんだから、土地を仕切っているヤバいやつらに目をつけられるのも早かった。と言うよりよく行くバールは組織の息がかかった所だった。

その男は白目の部分が黒くて黒目の部分が赤だった。とてもおっかない見た目だ。初対面なのに威圧感を隠そうともしない。まあそういう組織の奴なんだろう。
その男は遠慮も無くおい、と話しかけてきた。それから、何故だか俺は、自身に起こった出来事を洗いざらい話した。誰にも言うまいと決めていたはずだったのに。赤目の男も身の上話なんかを始めた。何故だか俺はソイツのいう事を信じれた。多分、この男の話に嘘は無いんだろう。だから俺はすんなり過去を話したんだ、きっと。
「お前スタンド使いだろう」と言われても何のことやら分からなかった。でも多分、ベイビィの事なんだろうな、と思った。男は続けて俺もそうだ、と言った。
組織に入る気はないか、とも言った。俺は何も考えずいいよと返した。


俺はなんで今更こんなことを思い返しているのだろう。今回の任務の場所が故郷だからと言って、もう郷愁なんてとっくの昔に捨てたものだし、組織に入ったことを後悔もしていない。
だから、この坂を歩いていくのだってなんの感慨もない。たとえ今から殺しに行く人物が初恋の女の子であっても、もう俺は覚えていない。そこらへんで買った女と変わらない。そう考えると自分がとても楽になった。こうやって俺はずっと切り捨ててきたのだ。
淋しくなくちゃ知らないことも、傷つかなくちゃ知らないことも、いっぱいいっぱいあったのに、俺は見て見ぬ振りして俯き黙り、淋しいのが嫌だとか傷つくのが嫌だとか泣き言ばっかりで。そうやって生きてきた。




「どうしたんだよメローネ」

「うーん、ちょっとね、ホームシック」

「ハァ?何だそれ、気持ち悪ィ」

木漏れ日が降りそそぐ午後、長閑に晴れ渡る日。
俺はあの日を思い出していた────






カリガリ「依存」という名の病気を治療する病院



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