私は彼が好きだ。最初はなんか背高い人がいるなあって認識だった。ところが何日も任務で一緒になることが増えると、この人の髪がこんなにさらさらなこととか、年長のくせに大人気なく不機嫌になるところとか、ブチャラティに全幅の義理を立てているところとか、全てが気に入ってしまった。ギャングになった経緯もとても切ないもので。アバッキオが自身で引き起こした因果と言えばそうなのだが、それでも切なさを隠す事はできなくて。それも相俟って私は彼に夢中だった。
私は何年前だったかの冬の夜、任務でズタボロにやられた。何故か無性にアバッキオの顔を見たくて、虫の息の中彼の電話を鳴らしたことがある。
「…ナナシ?」
「そう、こんな時間に、ごめん…あ、あの、わたし」
「何だ、暴漢にでもやられたのか」
「そんな感じよ、ごめん、やられちゃった、敵に」
「アァ!?お前なぁ」
「あ、…ちゃんと仕留めたから、任務は大丈夫、多分…でも、」
「お前が死にそうってんだな」
「ハァ、そういうこと、ねえ」
「今どこだ」
「ッ、スカレジア通り…」
「ぜってーそこから動くなよ」
そう言って電話は切れた。あの怒りっぽいアバッキオのことだから、なにしてんだグズがとか言われると思ってたのに。動くなって、言われなくても動けない。こんな憎たらしいことばっかり考えているから罰が当たったのだろうか。血がドクドクと溢れだすのが分かる。だんだん手足も冷えてきた気がする。アバッキオごめん、出来るだけ早く来てほしい。手当てをしないとマズイし、あなたの顔が見たい。こんな無様な私を見てアバッキオは怒るのかな。それとも心配してくれたりして。ああこんな事態になっても私はアバッキオのことを考えている。私ギャングに向いてない気がしてきた。
「気付いたか」
「ッ…ここ、」
「俺ん家だ」
「…あ、あばっきお」
「ったくよォ、なんであんなショボイ相手にそこまでやられるんだよ」
「、すいません」
「しかも何で俺なんだよ、こういうのはまずブチャラティに言うべきじゃあねーのか」
「…仰る通りです…」
「俺はこんなクソ夜中にえれー迷惑だぜ?オイ」
「っ…ごめ、なさい」
「何泣いてんだよ」
「ぐすっ、自分でも、なんか、よく分かんない…!」
「…ガキかよテメーはよォ」
「ごめ、ごめんね、でも、私死ぬかもって思った、ッ」
「死にかけてたからな」
「そしたらね、なんか、ッ、アバッキオに、あ、会いたくなって」
「…アァ?」
あああもう駄目だ。私はギャングとしての自信も女としての自信も失った。こんなに涙で視界がぶれるのに、彼の眉間に皺が増えるのがはっきりと分かる。
頼ってしまってごめんなさい。最近優しくされることが多かったから、少し図に乗っていたのかもしれない。
「ごめん、意味わかんないね…」
「…ナナシ、お前事の重大さ分かってんのか?」
「ッ、分かってる…多分」
「そうか、なら話は早えよな、お前はイザと言う時にはブチャラティよりも俺を当てにしてるって事だよな?」
「う、多分、」
「多分多分ってよォ、ハッキリしたらどうなんだ」
「っ…当てにしてる」
「ふーん」
「…ごめんなさい」
「だよな、心から反省しやがれ」
「はい…」
「すっきりしたか?」
「え?」
「泣き喚いて、俺の顔も見れたしよォ」
アバッキオは大きな手で私の頬に触れた。とても近い。呼吸同士がぶつかりそうだ。ぶつかってるかもしれない。それにしても綺麗な顔をしている。
「え、あの、状況がちょっとわからないって言うか、その、ち、近くないかな」
「アァン?俺の顔見てえっつったのテメーだろうが」
「そうだけどさ、あの…」
「…フン、これぐらいで許してやるよ、さっさと治せよな」
「…って言うことあったよね、懐かしい」
「オイナナシそんな昔のこと蒸し返すんじゃねえ」
「いいじゃない、思い出よ思い出」
「…俺は覚えてねえ」
「そんな訳ないでしょー!私とアバッキオの第一歩目の出来事だよ」
「うっせえぞオメー大体瀕死で人様に手当てさせといて、なんでそんな美化してやがる」
「あ、ほらやっぱり覚えてるんじゃん」