ぼんやりとした視界がひらけていく。真っ先にジタンの目に入ったのは真っ白な天井。あまりなじみの無い色にもしかして天国?なんて柄にもないことを思う。
 そう確か意識を失う前、ヘマして怪我をした。それの治療をしている最中に地面が揺れて、それで…。ゆっくりと記憶を思い起こしていく。そうだ、足元がすっぽり抜け落ちたかのように丁度オレのいたところだけ地面が割れたんだ。そこからの記憶はすっかりなくなっている。

「うぅん…、今、何時…?」

 ジタンの傍らに誰か女の人がいるようで、何かを探しているかのように右手が動いている。お腹に触れてみれば包帯が巻かれていて、おそらく助けてくれたのはこの人だろう。ゆっくりとジタンは首をその女性の方向へ向けた。寝ぼけ眼、その言葉がぴったりな瞳をした彼女はジタンと目が合ったことで二、三度ゆっくり瞬きをして驚いたように目を見開く。

「…目、覚めたんだ。よかった」

 ジタンよりも年上だろうか。ぱっと見落ち着いた雰囲気の彼女はジタンが目覚めていることを確認するとやわらかく、安心したように笑った。体を起こした際にゆれた髪がさらりと揺れる。その笑顔が意外と幼くてかわいらしいものだったことに思わず胸が高鳴った。これがギャップ萌えというものなんだろうか。
 彼女の右手はお目当てのものを探し当てたのか、なにか四角い薄いものを見ている。ジタンにはそれが何かはわからない。少し周りを見渡してみたらそこには彼女の手にしているものと同様、なにかわからないものであふれていた。
 どうなっているんだ、と考える前にあー!っと悲鳴にも似たような声を発した彼女により中断される。

「遅刻する…!なんで怪我して倒れてたのかすっごく聞きたいんだけど、仕事行かなくちゃだから!まだ本調子じゃないだろうし、休んでて。冷蔵庫にあるものとかあそこにパンもあるから、お腹がすいたら好きに食べてもいいから。それじゃあいってきます!」

 ジタンが何かを答えるよりも先にあわただしく身なりを整えて彼女は飛び出していった。あっけにとられてしまって聞きたいこともままならなくて、一抹の不安はあるもののジタンはどこかおかしくて笑ってしまう。

「…変なやつ」

 とりあえずお腹の傷が響かないように体をゆっくりと起こして再度周りを見渡した。ここは随分と変わった場所のようだ。テーブルや寝具、そういった共通した家具もあるが見たことの無い黒い四角いものだとか、壁に引っ付いたスイッチのようなもの、プロペラのついた機械に今も動いている冷気をだすボックス。摩訶不思議なものだらけだ。
 ためしにカーテンを開けて外をのぞいてみる。突然入り込んできた朝の日差しのまぶしさに目を細め、徐々に慣れてきたところに見えた風景はリンドブルムでもアレクサンドリアでもない不思議な景色だった。

「…まぁ、覚悟はしてたけど。まるで別世界ってやつ?」

 そこから見えたのは灰色の道、そして大きな建物。一軒家ももちろんあるが、どれも不思議なデザインをしている。よくわからない棒が地面から生えており、その棒の上を紐のようなものがつないでいた。なんのためのものだろうか。極めつけは四輪のついた乗り物や、二輪の乗り物。二輪のものは二種類あって足で動かしているものもあれば何もせずに乗っているものもある。四輪のものもそうだがどうやって動いているんだろうか。見たところここには霧はない。
 見ていても今のジタンにはわからないことだらけで混乱するばかり。おとなしくカーテンを閉めて部屋に戻る。おそらくだけどここにいれば危害は加えられないはずだ。…おそらくだけど。そもそも彼女はそういうことをする人間にはみえないし。もしそうであればとっくに命はないだろう、そうジタンは考えた。
 謎を解決するのは彼女が帰ってきてからだ。そうさっきまで寝ていたベッドに腰掛ける。そうすると今度はお腹が空腹を主張してきた。昨日の昼からなんも食べてないっけ?と、昨日の記憶を掘り起こす。彼女も勝手に食べていいといっていたし、何より空腹には抗えない。彼女がパンがあると指を指したほうへゆっくりと歩みをすすめる。
 見たことの無い材質の箱になにかつるつるとした透明な袋に入ったパンがそこには入っていた。細長いやわらかいパンになにかクリームが挟まっているらしい。文字は読めないのでジタンには何が入っているかはわからないが。まぁあの彼女が食べるつもりでおいてあったんだろう、おかしなものではないはずなので意を決して袋を開けてかじってみる。…あまい。バターとなにか、豆を甘く煮て潰したんだろうか。意外と美味しい。
 そうするとジタンの体は今度は水分を欲し始めた。台所と思われる場所にグラスがおいてある。その近くにある蛇口をひねると想像通り水が出てきた。水を入れてそれを一口含んでみれば、なにか、ちょっと臭い?そう疑問に思いながらも他に飲むものはないのでジタンはおとなしくそれを飲み干す。まぁ飲めないことはない。
 食事をとるだけでもなんだか疲れたような気がする。ジタンはそのままおとなしく寝かされていたベッドの上で彼女の帰りを待つことにした。もっといろいろ気にはなるけど、今はこれ以上疲れたくないというのが本音だった。


 今日はなんとか定時で上がることができた。今日も残業なんてやってられない以前に家に残してきた彼の存在がなまえにとって気がかりだった。
 知らない男を一人家に残しちゃうって、無用心極まりないことだと思う。けどなぜだか直感は大丈夫ってそういっていたので飛び出してきてしまった。それに遅刻寸前だったし。なまえにとって遅刻のほうが怖いのだ。
 明日は待ちに待ったお休みということもあり足取りはいつもよりも軽い。昨日なにもできなかった分食材も家にはあるし、薬局にだけ少し寄って真っ直ぐに岐路へついた。
 家が見えたころにはすっかり日は落ちている。でも部屋に電気はついていない。もしかして出て行ってしまった?ということは鍵は開けっ放し…?なまえの背に嫌な汗が流れる。その不安は小走りとなって現れ、今すぐにでも確認しなくてはといつものるエレベーターをスルーし、階段を駆け上がる。ヒールの音がエントランスに響き渡っているが、そんなことを気にしている余裕はなまえにはなかった。
 まずドアノブをひく。がちゃんと音をたてて、鍵はその役割をきちんとはたしていた。彼が出て行った、ということはなかったようだ。杞憂だったことにほっと息をはく。鍵を鞄のいつもの場所からだし、鍵穴へ差し込み鍵を開けて扉を開けた。
 せまい1Rの部屋、廊下から人影が見える。カーテンの隙間からこぼれる月明かりがキラキラと彼の髪を反射している。その表情までは見えないが、その光景はどことなく幻想的で、まるで一枚の写真のようだった。
 そうしてなまえが見惚れていると彼はゆっくりと首をこちらへ向ける。

「…おかえり」

 そこでようやく彼の声を始めて聞いたことになまえは気付く。甘いテノールボイスが鼓膜を刺激した。
 



×
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -