選ばれてやってきた合同林間学校。そのためにキタカミの里という、言い方は悪いのだけれど辺鄙な場所までやってきた。
 正直乗り気じゃなかったのだが、そこで私の心を一瞬で奪っていくくらいど直球で好みのタイプの男の子に出会った。
 姉妹校であるブルーベリー学園のスグリくん。容姿も声も、今は表面上の部分しかわからないけれど全てが好みで分厚いレンズの奥から熱い視線を送った。でも悲しいことに同じアカデミーからきたアオイちゃんにしか彼は興味がないらしく、結局一度も目が合うことがなかった。
 アオイちゃんはうちのアカデミーの有名人だ。同じく有名人、生徒会長のネモさんと仲が良く、ネモさんに続いてチャンピオンランクを取得したというくらいポケモン勝負が強い。ああきっとポケモン勝負が強い子が好きなんだなーと早くも諦めモード。正直自分に興味を持ってもらえない相手にぐいぐいいけるほどのメンタルは持ち合わせていなかった。

 恋というには育ちきらない気持ちに折り合いをつけた翌朝。まさに転機だった。
 低血圧な私はなんとか起きたはいいけれど眠気が断ち切れずふらふらと道を歩いていた。慣れた道ならともかく、慣れない道。小石に躓いて派手に転んでしまったのだ。
 勢いよくついた膝の痛みに耐えていると後ろから控えめに声をかけられた。ん? と振り返えればその声の主はなんとスグリくんだったのだ。
 思わず上がってしまうテンションを押し隠し、だらしなく緩みそうになる頬をなんとか引き締めて立ち上がった。気になる相手に恥ずかしいところを見られてしまったと全てを誤魔化すように笑みを浮かべる。真っ直ぐにスグリくんのシトリンが私を見ているかと思うと今すぐに叫び出してしまいそうだった。
 でもせっかくきっかけができたのだからと改めて自己紹介をして、道を聞くのを口実に引き止める。実際ポケモン勝負も強くないしできるだけ安全で早く目的地に着く道を地元の人に教えてもらえるのならありがたい。オリエンテーリングでペアを組んでいる年下の男の子がキタカミの子供たちと仲良くなったみたいで早く課題を終わらせてその子たちと遊びたいと急かされているのだ。
 印象通りあまり女の子に慣れていないのか少し近づいた距離にしどろもどろしつつも丁寧に道を教えてくれるスグリくんにきゅんきゅんしながら地図にルートをロトムに記録してもらう。せっかく近づいた距離がはなれるのは寂しいけれどこれ以上は怖がられそうだとさっと距離をはなした。
 ありがとうと告げるついでに手癖でメガネの位置をなおそうとすれば感触はなくすり抜ける。一瞬何が起こったのかわからず固まったけれど、ここでようやく今メガネをしていないことに気づいたのだ。転んだ拍子に外れてしまったようで、もとより視力には何ら問題もないし、スグリくんから話しかけられるという予定外のイベントが起きたことで完全に意識の外だった。
 慌てて落としたメガネを探していればスグリくんに後ろにあると指を刺されて拾い上げる。特に壊れた様子はない。

「見られちゃった。伊達メガネなの。……内緒にしてね?」

 私のメガネをつけてない姿を知っている人はパルデアにはおらずカロスから出てきてから初めて見せた。
 メガネというシールドがあったからこそ出せた積極性だったのに全てを見られていたのかと思うと恥ずかしい気持ちが込み上げる。特にそれが気になっているスグリくん相手なのだから尚更だ。変に思われていないといいなぁ。
 ……それよりも顔を見られて過剰に反応されなくて安心した。親の影響もあり知っている人は知っているから。仮面をつけずにいられることがこんなにも楽だなんて思っていなかった。


 それっきりになると思っていた私とスグリくん。でもそうはならなくてスグリくんは最初が嘘のように私に興味を持ってくれたらしく、アオイちゃんといるよりも私を選んでくれた。
 もしかして私の顔好みなのかな? 私も私でスグリくんの見た目がとても好みだから、事故とはいえ見てもらって良かったのかもしれない、と思う私は悪い女かも。
 きっかけが顔でもスグリくんと話すうちにいいなぁくらいの小さな好意はどんどんと膨らんですぐに恋にまで育った。見た目も好きだけど中身もとても好みで隣にいるだけできゅんきゅんとする心臓が忙しない。
 少しずつ私に慣れて目が合うようになり口数が増えていく過程が嬉しくて頬が緩みっぱなしだ。きらきらと陽の光を反射するシトリンが眩しくて、でもいつまでも見ていたいくらいに美しい。

 キタカミを案内してくれるというスグリくんに甘えて色んな場所にふたりで行った。
 お祭りも異国感溢れていて楽しかったしその時食べたりんご飴がとても印象に残っている。りんごに飴を纏わせるとあんなに美味しいなんて思わなかった! 少し食べにくくて苦戦したけれど、キタカミの子であるスグリくんは綺麗にあっという間に食べてしまっていた。食べ慣れてる……てことはきっとりんご飴好きなんだろうなって思ったら可愛くて仕方なかった。
 他にも鬼が山を歩いてスグリくんが大好きな伝承の鬼さまのいたという恐れ穴、きらきらの不思議な輝きをした結晶が沈んだてらす池、みつたっぷりのりんごを食べたりピクニックをしたり……どれも楽しくて、全てが宝物だ。意識してスグリくんと写真を残していたので見返すたびにその時の気持ちがそのまま思い起こせる。 

 お別れは突然だった。

 ブライア先生の事情で急遽ブルーベリー学園に戻ることになったと暗い顔で私の借りている公民館の部屋へやってきたスグリくんが言った。
 まだ期間があって明日からも過ごせると思っていたから心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような喪失感に襲われる。確かに林間学校が終わってしまえばパルデアとイッシュ、遠くの地でお別れになることはわかっていたけれど……急すぎる。
 でも寂しいのは私だけじゃなくてスグリくんも同じ思いを抱いてくれていたみたいで嬉しかった。私の部屋に駆け込んでくるくらいに。こんな時なのにスグリくんから向けられている好意に浅ましくも喜びを覚えてしまった。
 結局また会おうね、とは言えなかった。未だ学生である身としては将来は不透明だし……はなれている間にスグリくんが別の女の子を好きになってしまうかも、なんて思ってしまう弱気な自分のせいでもある。再会した時に恋人ですなんて紹介されたら死んでしまうかもしれない。
 でもスマホロトムを買ってもらうと意気込むスグリくんと一番に連絡してねと約束ができた。果たされそうな約束……これくらいの方が安心できた。


 そうして林間学校も終わりパルデアのアカデミーに戻って寮で過ごしていると知らない番号からの着信にもしもし、と応じた。それは知らない番号からの何度目か着信で、はじめはスグリくんかも! と毎回ドキドキしていた私は重なる間違い電話にどうせ今回もそうだろうと期待する気持ちはすり減っていっていた。でも奥から聞こえてきた言葉に詰まったずっとずっと聞きたくてしょうがなかった声に私のテンションは急激に上がって声が思わず大きくなる。すぐロトムに番号を登録してもらった。
 それからというとスグリくんと些細なことでもメッセージを送り合うようになって毎日が楽しくなった。時間がある時は通話だってするし、眠そうなスグリくんが切りたくないとむにゃむにゃ言いながら眠気に抵抗してるのがすごく可愛かったなぁ。聞こえてきた寝息にひとりでにまにましてしまった。
 そんな交流の中でスグリくんをスグリと呼ぶようになり、スグリくんも私をなまえと呼ぶようになった。
 男の子を呼び捨てにするのは初めてだったから慣れるまで照れて大変だった……。その度にスグリに揶揄われるし……! ちょっと意地悪なところもあるんだなと新しい発見ができたのは嬉しかったけれど!

 そんな風に課外授業をこなしながらアカデミー生活を満喫しているとクラベル校長から電話があり、ハッピーなサプライズを受け取ることになった。

「えっ! ブルーベリー学園への交換留学ですか?! 私が?!」

『広い世界を知ることができる絶好の機会だと思います』

 ブルーベリー学園に行けるってことはまたスグリに会えるんだ、と喜びが頭の大半を占めてしまって聞かなければと思えば思うほどクラベル校長の話が右から左へ滑っていく。
 どうにかいまからアカデミーへ戻ってクラベル校長の旧友でもあるブルーベリー学園の校長に会いにいく、ということだけなんとか飲み込んだ。急いで空を飛ぶタクシーを捕まえてアカデミーへと向かった。
 ドキドキと胸を占める高揚感とスグリへの恋心で溢れていた思いが萎むことになっていくとは思いもよらなかった。

 アカデミーのロビーへと向かえば見慣れない白く差し色に青が入ったスーツに帽子を身につけた男性とアオイちゃん、クラベル校長がいた。
 アオイちゃんも交換留学生として選ばれたそうで一緒に向かうみたい。……それはいいんだけれど。
 アオイちゃんのことをいたく気に入ったそのブルーベリー学園の校長はクラベル校長と会うことなくアオイちゃんだけをブルーベリー学園へ連れて行こうとしたらしい。それを慌ててクラベル校長が引き留めていたところだったそうだ。本来なら校長室で話す予定だったが旧友の行動をよくしるクラベル校長は嫌な予感がしてロビーにやってきたという。……大当たりでしたねえ、とは口に出さなかったけれど。

「そういえば……この度は何故お二人を交換留学生としてご指名で?」

「ベルちゃんいい質問だね。んー、それはねー…………あれ? なんでだっけ?」

 少し考えたブルーベリー学園の校長は思い出したのかあ、そうだ! と声をあげた。

「キタカミ! 林間学校でうちの生徒と一緒になったでしょ? 確か名前は……スグリくんとゼイユちゃん! ふたりから君たちを推薦されたんだった」

 スグリから!? わああ嬉しい、とできるだけ顔に出さないように表情筋を引き締めようとするけれど紅潮する頬まではどうにもならない。
 そこまでは気分は良かったのだ。

「実際こうして会ってみたけど……うん。ぼくも君いいなーって思ったかな!」

 視線を完全にアオイちゃんに向けてだけ、そう言ったのだ。ブルーベリー学園の校長は。
 ああ、そう、ふーん。こういう人なのか。私の中で心のシャッターが降りる音がした。些細かもしれないけれど堂々と人に差をつける奴に碌な人間がいないのを私は知っている。というか教育者としてそういう対応はいかがなものだろうか。

「シアノ先生……それは……」

「あっと、ごめんごめん」

 思ってもいない謝罪に私は愛想笑いだけを貼り付けて構いませんよと大人の対応を心がける。アオイちゃんはパルデアチャンピオンでもあるし私とは違うしね、と卑屈でもなく事実として知っているし。

「君にはぜひ我が校に留学してもらって新しい風を吹かせてほしいなー」

 この人嫌いだわー。全然反省のかけらもみえずアオイちゃんにだけ言っているのがひしひしと伝わってくる。おろおろとするクラベル校長が気の毒だ。

 そうしてオマケのように私もブルーベリー学園へ向かうことになった。正直なにかを期待されるのは嫌だし重荷がないのはいいことではある。
 でもあそこまであからさまに差をつけることが悪気があるのかないのか、どちらにせよ悪質なことに違いない。飛行機は仕方なく同じ便に乗ったが席はできるだけ遠いところへ配置してもらうことに成功してとても移動時間は快適だ。
 私はただの留学生で学ぶ立場。ただスグリがいるだけしか私の中で価値のないブルーベリー学園にわざわざ私が新しい風を起こしてやる必要性は全く感じない。それは全部お気に入りのアオイちゃんにお任せだ。

 私のスグリに会えるという喜びに水を差したことが一番不愉快だ。あーあ、あの校長さえいなければなぁと思ってしまった私も大概大人気ないのだけれど。心の中ではボロクソだけど一応顔には出していないし、相手は正真正銘の大人で私はまだ子供の括りにいる、はずなのでセーフでいいだろうと自分に甘い審判を下した。

 ……とにかく、今はそんなことよりも! スグリに会えることを楽しみにしよう。飛行機の出発前にメッセージは送っておいたのできっとすぐに会えるはずだ。サプライズにしようかとも思ったけれど、お出迎えされたいし少しでも早く会いたい! という私の欲を優先した結果だった。
 ……きっと会えたとしてもお互い卒業後だと思っていたからこんなにも早くまた会えるなんて嬉しい。
 飛行機から見える真っ青な空を眺めながらスグリだけを想っていた。


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