there is a light
that never goes out 2







 眠ると、少し熱が引いたようだった。窓の外は茜色に染まり、昼間とは違った柔らかい風がカーテンを揺らしていた。ぼやけた視界の中で、彼の髪と同じ色の光が、部屋の中を満たしていた。
涙がまた一筋流れた。シャンクスは気にしなかった。

確かだった未来を失った今だというのに、彼の瞳に映る世界は美しかった。そして彼はまた、明日を見つめ始めている。

 始終つきまとわれていた眩暈も薄れ、シャンクスは今度はちゃんと冷たい床を踏みしめることができた。いつものマントが見当たらなかったのでガウンをはおった。完璧に整っていたバランスを失った今、ドアを開けるという行為さえ彼には新鮮だった。

 レッドフォース号は閑散としていた。クルーは丘に上がったのだろう、ゆったりと波に揺られる船の窓から、黄昏の斜陽が柔らかく船内の輪郭を浮かび上がらせている。
 誰にも出会わずに済んだことに、心のどこかでほっとしている自分にシャンクスは気付いていた。
 今はまだ不安があった。レッドフォース最大の戦力であった左腕を失ったことではなく、それを乗り越えられないでいた自分が問題なのだ。

 主を失った船長室は、どこか寂しげだった。机の上にファイリングされた書類が積み重なっている。
 ベックマンがやったのだろう。彼には大きな負担をかけてしまっていた。ベックマンは有能だ。彼に処理しきれないことなどないだろう。
 しかしシャンクスの代わりにはならなかった。誰も彼の代わりは務められなかった。船長としての決断をシャンクス以外の人間が下したとしたら、それはもう赤髪海賊団ではなくなってしまう。

 積み上げられた書類を手に取り、片手だけで不器用にめくっていった。日頃書類なんて目を通してなどいなかったが、こうなった今は、途中だった仕事の経過や結末を負うことができて重宝した。
 こうして読んでいて、自分のやるべきことが次々と頭に浮かぶということは、シャンクスはもう日常に戻る準備ができたのかもしれない。

 ドアウェイに気配を感じて顔を上げた。シャンクスは微笑し、いつものように気軽に口を開いた。

「大変だっただろう」
「ああ」

 ベックマンが彼の隣に立ち、肩越しに書類を覗き込んだ。

「お前がいてよかった」

 腰にベックマンの腕が回り、彼自身に寄り掛かるように促したので、シャンクスは遠慮しなかった。力を抜いて背中にある硬い胸に身体を預けると、だいぶ楽になった。激痛に全身の筋肉が無理にひきつっていて、自分が弱っていることを実感した。

「頼りねえ船長を持つと苦労するなあ」

 シャンクスはいつもの冗談めいた口調に挑戦したが、ベックマンは少し笑っただけで答えなかった。力強い両腕が彼を抱きしめ、擦り寄るように耳の後ろにキスをされた。ベックマンが彼を愛していること、信頼していることが伝わってきた。

 シャンクスが腕を失ったことで誰よりも苦しんだのは彼だった。きっとシャンクス本人よりも悲しみが深かったはずだ。シャンクスは慰める言葉をかけようとしたが、喉がひりひりと痛み、胸がナイフで刺されたように痛んでできなかった。

「……頼りない?」

 ベックマンが低い声で囁いた。シャンクスは以前と同じ明るい声に挑戦しようとした。

「利き腕なくして帰ってくる船長じゃな」

 ベックマンが彼の髪に額をうずめた。疲れのまじった深いため息が首筋にかかり、シャンクスはパニックになりそうだった。ベックマンに向き直ろうとすると、身体を抱く腕に力がこもった。

「でも大丈夫だ、きっとこれからも……」
「わかってる」

 言葉は遮られた。しかし大丈夫だと言っておきながら、その先は本当はシャンクスは考えていかなったから、黙るしかなかった。
 鼓動が速くなった。傷口の痛みも酷くなった気がした。脈拍と一緒に全身が揺れているようだった。抱きしめられているから、ベックマンにもそれが伝わっているかもしれず、それが怖かった。
 これ以上弱い姿を見せて彼を不安にさせたくない。

「なあ、」
「シャンクス」

 シャンクスは彼を見上げた。こんなに心もとない心地になったのは、ロジャーの船にいたころ以来だった。ベックマンが彼にキスをした。

「あんたを誇りに思う」

 シャンクスは呆然と彼を見上げた。黒い瞳はライオンのように優しかった。シャンクスが言葉を繋げられずにいると、彼がもう一度額にキスをした。シャンクスは胸が詰まった。
 左腕を失ったことで、海賊団にとっての自分には価値がなくなったのではないかと恐れていた。もともと自分に価値があるかどうかなんて、そんな考え方をしたことはなかったが、今回の出来事は彼にその命題を突きつけた。

「……お前といると、自分がすごい人間になったような気分になる」

 壊れもののように触れてくる手の心地よさを受け入れながら、シャンクスが呟いた。ベックマンが少し笑った。

 しかし人の価値が何で決まるかと言えば、愛してくれる人間で決まるのかもしれないとシャンクスは思った。彼の周りにいるのは、素晴らしい仲間ばかりだった。シャンクスが戦闘で強くても弱くても、気にかけずに笑い飛ばすような仲間たちだ。

「お前みたいなやつにそこまで言わせるんだから」
「おれがどんなやつかは知らないが、あんたはそうだな」
「そうか。でも今のおれは肉のないルウにだって負けるぞ」
「そうだな。でも強くなっただろう。左腕があったころよりも」

 シャンクスは彼の顔をまじまじと見つめた。
 そして、今まで彼の心を拘束していたすべての枷から解放された心地になって、海賊らしく、気持ちよく笑った。













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