there is a light
that never goes out 1









 牙を折られたライオンにしては、悪くない時を過ごしてるじゃないか。

 頭痛に襲われながらもそんな文句が浮かび、シャンクスは少し笑ってしまった。
 正確には、笑おうとした。実際には微かに咳き込んだだけで、彼は体を丸めて、怪我を負った動物のようにシーツに額を摺り寄せた。冷たさを求めてのことだったが、汗に湿って暖まった布は慰めにはならなかった。

 痛みがなかったとき、どんな感覚で毎日過ごしていたかはすでに思いだせなくなっている。熱のせいで紗がかかったような思考では、それが1週間前だったか、1ヶ月前だったかもわからなかった。喉が渇いていた。ブランデーの入ったボトルは机の上だったが、そこまで歩くことは不可能だった。

 ――ベックが来たら頼もう。

 反射的にそう考えてシャンクスは苦笑した。赤髪が、この様だ。しかしそれは問題だろうか? 
 船長は海賊王になり、処刑されて死んだ。そして今、名もない少年がこの海で多少の名を上げ、腕を一つ失った。

 それだけのことで、そういうものだ。

 ルフィを守れたことは、今までシャンクスがしてきたことの中で、何より誇れることだと彼は思った。
 あの海で、照りつける太陽の下、失った腕の代わりに胸にルフィを抱いていたとき、シャンクスが真っ先に感じたのは安堵だった。ルフィが無事だったこと。そして、なんのためらいもなく、利き腕を差し出すことができた自分に。
 今の自分なら、きっと船長にも胸を張れる。

 引きちぎられた腕の先が毛布に触れ、激痛が身体中に走った。シャンクスは悲鳴を噛み殺して背中を丸めた。
 菌が入ったらしく、傷口が過敏になっている。ここ数日間は高熱が出ていた。
 手当てをした船医はにべもなく熱は当然の反応だと切り捨て、隣で聞いていたベックマンが険しい顔になったので、シャンクスは笑ってしまった。

 そうだ。頼りにしていた利き腕を失い、海賊としての人生に致命傷を負ったというのに、悲しみと絶望の底にいるわりには、自分はこんなに楽しんでいるじゃないか?
 シャンクスは笑おうとした。しかし今度は涙が出た。

 船長として、クルーの信頼と期待に応えられるだろうか?
 素晴らしい仲間たちなのだ。果たして今の自分は彼らにふさわしいだろうか? 
 日常生活もままならない身で、彼らの信頼と期待にこたえられるだろうか。

 シャンクスは起き上がろうとした。少なくとも、ブランデーのボトルくらいは自分で取ろうとした。

 しかしあるはずのところに左手はなく、気だるい体はバランスが悪すぎた。ベッドに倒れこんだ衝撃は傷口に響いた。情けなさに歯を食い縛ったところに、ドアが開いた。
一瞬息を飲んだ気配があって、聞き慣れた足音が直ぐに近づいてきた。肩を抱き起こす大きな手は温かかった。
 シャンクスは怒りを覚えていた。こんなタイミングで入ってきたベックマンと、情けない姿を見せた自分に。

「大丈夫だ」

 口調がきつくなるのも、優しい手を振り払うのもこらえられなかった。自分の情けない姿を見ているベックマンに、不当だと頭ではわかっていても腹が立った。彼は早くここから出ていくべきだった。

「出て行け」
「シャンクス」
「聞こえなかったか。いいから出て行け」

 ベックマンは表情を変えず、ただスチールボトルをシーツに置いた。よく気のつく男だ。普段は感謝する彼の洞察力が、今日は無性に煩わしかった。頑なに自分の右手を見つめたまま、シャンクスは顔を上げなかった。やがてベックマンの気配が離れて行き、ドアの閉まる音を聞いた。

 一人きりになってみると、怒りと憤りのような寂しさは拮抗した。シーツの上に置かれたボトルを払いのけると、落下した質量のある硬い音が、彼に部屋の静けさを教えた。

 堰が崩れたように涙が溢れた。悲しみを受け入れるのは簡単なことのはずだったから、涙を我慢しきれないことなんてなかったが、きっと今は我慢しようと思っていないのかもしれなかった。
 こんな風に泣くのはロジャーが死んだとき以来だった。彼は自分にそれを許した。そして今もシャンクスの中で、何かが死んだのかもしれなかった。苦しかったが、悪くはなかった。
 心にのしかかっていた絶望が少しずつ風化し、浄化されていくようにも感じられた。


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