fortress around my heart 5 |
目を開けると一面の星空だった。あたりは暗い。寝転がって空を見上げながら目が覚めるのは、今日二度目だ。 あばら骨を庇いながら起き上がると、傷にはきちんと手当てがしてあって、足元では小さな薪が火の粉を宵闇に散らしていた。 「……大丈夫か」 ベックマンが言った。ほかのクルーは、もっと波打ち際に近い場所で、さざ波と戯れながら大きなキャンプファイヤーを囲んでいる。笑い声が静かな夜の砂浜に響いていた。 ベックマンはいつも通りの穏やかな目でシャンクスを見守っていたが、先ほどまでのやりとりを思い出してシャンクスはむくれた。 大丈夫かって? 大丈夫なはずがあるか。 シャンクスがそっぽを向くと、彼の腹が鳴った。考えてみるとまる1日何も食べていなかった。 「腹が減った」 ベックマンが南国のフルーツを投げてよこした。見たことのない、毒々しいほどに鮮やかな果実だったが、かじるとみずみずしい爽やかな甘さが口いっぱいに広がった。 いくつか頬張って腹がくちくなったあとで、夜風に鳥肌が立っていることにようやく気付いた。太ももの下の砂は昼間の熱を蓄えていてほんのり温かかったが、湿気の少ない空気は太陽を失って急速に冷え込んでいる。 シャンクスは立ち上がった。ベックマンが反射的に支えてやろうと手を伸ばしたが、シャンクスはそれを無視し、しっかりと足を踏み出した。そして彼の隣に腰を下ろした。 ベックマンの胸に寄りかかるように背中を押し付けると、ロジャーやレイリーや、彼を可愛がってくれた年長のクルーたちと同じく、しっかりと受け止めてくれた。耳の近くで吹き出す気配がして、冷えた腕を骨張った大きな手のひらが撫でた。 冷たい肌を包んだ温かさに、全身の力が抜ける。 たくましい肩が包み込むように背中に触れ腕が腹に回ると、不意に自分がとても脆いものでできているような心地がして、泣きだしたくなった。 安心とはこういうものだと思い出した。 感傷を振り払うようにシャンクスはラムのボトルを煽った。 「寒いな」 ベックマンが呟いた。低音が胸から伝わって背中に響き、自分の身体が彼の一部になったようにシャンクスは感じた。 「もう寒くない」 シャンクスは顔を上げた。ベックマンと目を合わせた。シャンクスには、彼がとても変わったように見えた。初めて会ったときより、ずっといい目で、ずっといい表情だった。 自分たちと一緒にいる彼がとても楽しそうだったから、ついて行けないなんて言葉を言わせてしまった自分が許せなかった。 「一緒に来いよ」 声が喉に引っ掛かり、詰まってしまいそうで、シャンクスは腹に回された彼の手を握りしめた。離しちゃいけない手だ。ロジャーや、レイリーや、離さなければいけなかった手はたくさんあった。 でもこれはこの先ずっと、自分が守っていくべき手なのだ。 「今度は、がっかりさせたりしない、絶対に……」 ベックマンの瞳が優しく緩み、微笑した。時々海賊をやるには穏やかすぎる目をする、そんな目で彼はシャンクスを見る。 「……がっかりしたことなんてない」 彼の手がシャンクスの頭を無造作に抱き止せ、柔らかい髪にキスをした。 「あんたと生きていきたい、船長」 低い声はシャンクスにしか聞こえないほどだったが、彼の身体中に響いた。全身の血が沸騰しそうな興奮だった。空気を吸い込むと胸が痛んだ。 涙が溢れそうになったから、シャンクスは瞳をいっぱいに見張って夜空を見上げた。 シャンクスには祈る神はなかった。危機に陥ったときに助けてくれる神は知らなかったし、祈りの言葉も持たなかった。でも何か、神様のような何かに、たまらなく幸福であることへの感謝を捧げたい瞬間は確かにあった。 今この瞬間のように。 だからシャンクスは胸の中でそっと、彼が永遠に胸に抱いていく人の名を呼んだ。 |