fortress around my heart 1







 気を抜くと身体ごと持っていかれそうだったので、シャンクスはほどんど全身でしがみつくようにして舵輪を繰った。
 目を開けているのも一苦労な、横殴りの雨だ。猫のように首を振って飛沫を払うがそれも無意味で、次の瞬間にはまたびしょ濡れになっている。

 敵に追われながらの嵐の中の出航にも、まだ出会って日が浅い仲間たちは、長年の知己のように息のあったチームワークを見せた。シャンクスは上機嫌だった。
 しっかりと船首を踏みしめて立つと、幾分小粒ではあるが、彼の船が頼もしく荒波をわけて進む感触が足の裏から伝わってくる。遠くの空に不吉に渦巻く雨雲の中で鋭い光が閃き、一拍おいて雷鳴が轟いた。激しい雨脚がますます叩きつけるようになる。
 シャンクスは大声で笑いだしたいような高揚を覚えていた。

 無事に生き延びた。

 勝ち目がないと言われた戦いを、この仲間と切り抜けることができた。やっていける。
 まだ小さな赤髪海賊団だったが、きっと彼らと育てていける。

 ただ一つ気掛かりなのは、シャンクスや仲間たちが頼りにするベックマンから、まだ正式な返事をもらっていないことだ。
 でもあの戦いの間中シャンクスのそばにいて、決して出しゃばることなく、かゆいところに手が届くような、シャンクスが必要なときに的確なサポートをしてくれた彼だ。息はぴったりだった。今更一緒に来ないなんて、きっと言わないはずだろう? ベックマンと戦うのは楽しい。一緒に来たほうが、彼もきっと楽しい。

 きっと楽しい旅にする。そう約束するから、彼は一緒に来ないとだめだ、一緒にこの海を回ってみたい。


 不意に、身体が投げ出されそうになった。山ほどもある大波の背で、船がひどく危ういバランスを保っている。それはシャンクスの腕一本にかかっていた。綱渡りの慎重さで舵をとらなければならなかった。

 雨に濡れた手が滑った。とたんに逆へと回転をはじめる舵輪の取っ手がしたたか手首を打ち、ひるんだ一瞬に制御を失いそうになった。
 後ろから腕が伸びて、間一髪で力強く舵輪を止めた。隣に立った男を見上げて、シャンクスがほっとして思わず頬が緩んだ。

「ありがとう」

 ベックマンは彼より一回り背が高い。いくつか年長なのだろう。今まで年上のいかつい男ばかりに囲まれて育ったシャンクスには、彼のそういうところも居心地が良かった。

「ここはおれの方が適役だ」

 シャンクスはしびれた両手を見下ろして素直にうなずいた。
 その瞬間、ずしりと全身に重量がかかった。
 足元から掬われるような感覚に、船ごと波間から浮き上がったのだとわかった。

「海王類だ!」

 ヤソップが叫んだ。

 波間が山のように盛り上がる。岩の割れ目から、鋭い刃のような薄い板がいくつも並んでいたが、上を見上げてみると海王類の口だった。よろけた肩を支えてくれたのはベックマンの腕だった。
 ヤソップが撃った弾は怪物の眉間に当たった。捕食者はのたうち、次の瞬間シャンクスの目の前には、火口のような怪物の顎がぱっくりと開いていた。

 船ごと飲み込まれてしまわないよう、舵輪にしがみついて舵をとると、ベックマンが狙いを定めた一撃を放った。海王類の喉深くに命中し、怪物は今度こそ地響きのような叫び声を上げ、滝のような飛沫とともに時化の海に沈んでいった。

 激しい揺れに踏みとどまりながら、シャンクスは嬉しくなってベックマンに称賛の目を向けた。

 しかし次の瞬間、海に沈んでいく怪物の大きな尾が、最後の抵抗とばかりに船を横殴りに打った。投げ出されそうになったシャンクスの身体をベックマンが受け止めた。

 その目の前を、彼の猟銃が落下していった。
 ベックマンの武器だ。彼が何より大切にしていた銃。

 気が付いたとき、シャンクスは彼の腕から飛び出していた。激しい揺れに、海の上に身体が放り出された一瞬、スローモーションのように自分が猟銃に手を伸ばすのが見えた。

 荒れる高波に身体が叩きつけられる寸前、シャンクスはしっかりと猟銃を掴んだ。
 仲間たちが自分の名前を叫ぶ声が、嵐の中だというのにやけにはっきりと彼の耳に届いた。


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